鬱病生活記

 表紙
 目次
 はじめに
 第一章

 第二章

 第三章

 第四章

 第五章

 第六章

第三章 鬱病者としての日々

1.閉じこもり生活

<前へ> P.75 <次へ>


【『アスペルガー症候群』、『アダルトチルドレン』について】

その後、適当な場所のソファーに座ると、不図、目の前の壁に張られているチラシに目を止めた。前回、診察に来た時も一通り目を通したものだったのだが、今回は、積極的に、そのチラシをチェックした。チラシの内容は、「うつ病患者の復職支援の講演会」というものだった。実施日は、8月2日(日)であった。「そろそろ仕事を…。」と考えていた私には丁度良い日取りだと思い、そのチラシを持っていた携帯電話で写真におさめた。私は、何か予定があれば外に行く事が出来る事を自覚していたので、積極的に何か予定が作れたら良いと考えていた。その為、何も得るものは無いだろうと大して期待はしていないものの、この講演会に行く事にした。

そうして、何時もの通り暫く待っていると、名前が呼ばれ、私は診察室へと入って行った。

主治医と軽く挨拶すると、まずは、忘れないうちに私の聞きたい事を訊ねた。「以前、IQテストの結果で、『自閉症』と説明する前に、何か片仮名の病名を出しましたよね。『自閉症』の意味は分かっていたので、あの時突っ込まずに話を進めていたんですが、片仮名で言った方の病名って何でしたっけ?」と言うと、主治医は、「ああ、アスペルガーね。」と言って、その病気の概念を色々と教えてくれた。ついでに私は、「『自閉症』と『ADHD』が似ているな。」と思っていた節があったので、「『ADHD』とは違うんですか?」と訊ねると、「まあ、大きな括りでは同じ部類です。」と主治医は教えてくれた。
どうやらこの『アスペルガー症候群』と言うやつは、『広汎性発達障害』の一種だと言う。そして、広汎性発達障害の中でも一番重い症状の一つとして、『自閉症』があるのだそうだ。ただ、専ら『自閉症』と診断されるような人は、全体的にIQが低いらしいのだが、IQが高いけど『自閉症』となると『高機能自閉症(アスペルガー症候群)』と呼ばれる代物になるらしい。
主治医によると、このアスペルガー症候群の症状として、次の3つが挙げられるらしい。
(実は色々と具体的な例を上げて主治医は説明してくれて、その事をそのまま描きたいのだが、ちょっと、ここに書くには触りがあるので、我慢して下記の表現に止める。)

 1.他人を“人間”として認識できない。(同じ人として共感できない。)
 2.場の空気を読めない。(今時の言葉で言うところの、“KY”。)
 3.論理的なのだが、一般とはかけ離れた独自の理論を展開・主張する。
   (物への拘りが激しいらしい。例えば、本やCDを順番通りきっちりと整頓
   したりとか、自分の趣味に異常に凝ったりとか。)

私は、自分を振り返ってみて「3については、その傾向はあるかな・・・。でも、そんなに極端な感じでは無い。」と考え、その事をそのまま主治医に伝えた。
すると主治医は、「心理テストの結果、その傾向が見られたので、そう言う方向を考慮して診察していましたが、この前も言った通り『傾向が見られる』程度で、『アスペルガー症候群』と診断を下すまでには至らない感じです。」と主治医は答えた。

また、私は、「確か先生には、私の登校拒否時代の事も話してあったと思うんですが。そんな過去があるもんだから、私の母が『あなたはアダルトチルドレンだったから、生き難さを感じるんだ。アダルトチルドレンのミーティングとかがあるからそれに出ると良い。』としきりに勧めるんですよどう思われますか?」と訊ねてみた。実際、母はこの『アダルトチルドレン』と言う概念に囚われているらしく、私が入院した頃なんかは、しきりにそんな事を言っていた。
すると主治医は、『アダルトチルドレン』についても、一通り説明してくれた。
『アダルトチルドレン』と言うのは、本来、親が子供について気遣う筈が、親がアルコール中毒だったりして子供が親に対して気を遣うような環境で育つことにより、大人になっても自分のこと以上に人に気を遣う、自分を投げ出して周りに合わせるような症状が見られるそうだ。そして、『アダルトチルドレン』の人の場合は、非常に周りの環境(職場や学校など)に溶け込みやすくなり、人づきあいが良いのだそうだ。
私は、これを聞いて、また自分を振り返り、「私は、確かに子供の頃、親に気を遣うような環境ではあった。しかし、高校・大学の学生時代は特に、職場でもどちらかと言えば、周りの事など無視して一人で居る事も多かったし、友人関係は主に自分の気の合う仲間とだけつるむ様な狭く深い感じだし、無理して周りに合わせようとしていたような覚えは無いな・・・。」と考えた。これもまた、素直に主治医にそう伝えると、主治医は「あんまり『アダルトチルドレン』の方向で診察していないからなあ・・・。あんまりそういう風には見えないんだけど・・・。」と返した。

そもそも『アダルトチルドレン』なんて言ってしまうと、今の世の中、殆どの人が『アダルトチルドレン』に当てはまるのではないかと私は考えていた。だって、そんな事言ったら、私の家族は皆『アダルトチルドレン』になってしまう。母は自身で『アダルトチルドレン』だったと自負するし、私が入院中に聞いた父の幼少期の話からすれば、父も『アダルトチルドレン』だ。そして、私たち兄弟は、兄の問題の為色々あったから、皆『アダルトチルドレン』と言える。(まあ、兄は傍若無人な振る舞いをしていたから、そうでは無いかもしれないが。)当時、私の母が何度もリストカットしていた事を私は知っていながら、何か気を使ったのだろう、その事について母に直接訳を尋ねようとはしなかった。(包丁を持ち出しヒステリックに自傷行為をしようとした母を目の前にした時は、流石に、泣きながら縋りついて静止させた事を記憶している。)
私の元同居人である彼からも、「親には何も訴えれずに親の顔色を窺いながら幼少期を過ごしていた。」と聞いた事がある。それであれば、彼も『アダルトチルドレン』だ。
そして今の世の中、両親共働きで苦労している姿を見れば、子供は親に気を遣うだろう。
だったら、皆『アダルトチルドレン』だ。
そんな風に考えて、私は「『アダルトチルドレン』なんて言ってしまえば、多くの人がそれに該当するでしょう。」と主治医に感想を漏らしたが、主治医は「そんな事は無いと思うけど・・・。」と感想を返した。主治医は健全な幼少期を過ごしていたのだろうか。

そう言えば、数年前、私の大学時代の恩師から、「定年退職になるから最後の講演をする。」という便りが届き、その講演会に出向いた時、私は恩師から貴重な、そして、本来そうであるべきの人間の姿と言う物を聞かされた。それは、講演終了後の質問時間に、とある教育学の教授が、私の恩師であるM教授に訊ねたことから始まった。
その教育学の教授は、「どうすれば、M教授のように世界でも名の通るような一流の学者になれるのか。特に子供の時はどのように過ごしたら良いのでしょうか。」と問いかけたのだった。
それに対して、M教授は、「私の場合、とにかく遊んでいました、好奇心のままに。子供の時の勉強なんて、最低限の読み書きそろばんぐらいで良い。後は、とにかく遊ぶことだと思います。」と答えたのだった。
私は、今にして思う。M教授の少年時代は、とても健全に過ごしていたのだろう。だから、余計な事に気をと囚われず、自ずと熱中する学問にのめり込み、その分野では世界的に名の通る存在となり得たのだ。私は、大学生の3年〜4年生時代に、その恩師の研究室に入り、卒業研究の為に備えた。しかし、各々の研究などそっちのけで、私達研究室の面々は、M教授の手伝いをしたり、一緒にフィールドワークに行ったりしていた。また、酒の席でも良く会話を楽しみ、そんな裏表の無い非常に人間らしいM教授を慕っていた。大学生になりながらするような事では無い基礎的な質問についても、聞けば丁寧に教えてくれる。下手に知ったかぶりをせずに、素直にあれこれ聞いて行くと、その教授の研究者としての偉大さや人間的素晴らしさにを認めざるを得なかった。
「子供の頃は、とにかく遊ぶ。」
これは、今の時代忘れ去られがちだが、健全な人間として体を成すには、非常に重要な要素であると、子育て経験も無い素人の私が言うのもなんであるが、断言させてもらう。

長くなってしまったが、こんな風に、今回の診察では色々と勉強させてもらった。

一通り主治医の講義が終わると、主治医は、「今日は、(元同居相手の)彼の話が出てこないね。」と言うので、私は、「まあ、別に報告する事も無いし。この前先生に見せた彼からの手紙とかは、役所の無料法律相談に行き、弁護士さんに色々と相談しましたから。そして、彼との件は、また何かあったら弁護士さんの方へ行くつもりでいます。」と答えた。すると主治医は、ふーんと言うような顔で何やら納得したらしい。そして、「金子さんは、一生薬が必要な感じでは無いですね。まあ、安定するまではこのままの処方で行きますが、将来的に薬は無くなりますよ。金子さんの場合、環境依存的要素が強いから。」と加えた。

話は変わり、私は、「もう3ヶ月経った事だし、仕事の事を考えなきゃいけないと思っているのですが。」と主治医に言うと、「やりたいと思ったら良いんじゃないかな。」と言ってくれた。私は、「まあ、“やりたい”なんて積極的な感じより、“やらなければ”て言う感じなんですけどね。」と冗談半分に答えると、主治医も「そりゃそうだ。やらなくて良いなら仕事なんかしないもんね、私だって。」と、これまた冗談半分に返してきた。
ちなみに、「もう3ヶ月経った事だし。」と言ったのは、以前主治医から「精神病の類は、3ヶ月単位くらいで症状を見て、色々と決めて行くものだ。」と言われていた事に対して応えた意味を含んでいる。

そして、最後に「来週また診察にしてもらって良いですか。隔週ではなく週一にしてもらいたいんですよ。何だか用事が無いと外に出ないので、外に出る為に用事を作りたいんです。」と、私がお願いすると、主治医は「全然別に良いよ。診察代とか掛るけど。それと、来週はあんまり話聞けないかも。」と言ったが、私は単に“何かする予定”を作るのが目的で、千円ちょっとの診察代や診察時間などどうでも良かったので、来週にまた診察の予定を取って貰った。

今日の診察は、色々と話が出来て良かった。勉強にもなったし、私自身の病状もより明確に見えてきたように思う。とりあえず『鬱病』と付けられた病名だが、やはり、真正の『鬱病』とは違うように思う。(別に何をもって“真正の鬱病”と私が定義出来ている訳では無いが。)
もしかしたら、病気ですら無いのかもしれない。まあ、診断は他人が決める事なので、自分の中でどうこう考えてもしょうがないのだが。

この日はスーパーに寄り、いつものメニューである、バナナ・コーヒー牛乳・アイスを買って、意気揚々と帰った。
帰った時、マンションのポストを確認したが、今日も『調停』に関する連絡は来ていない。
『調停』するなら、さっさとして欲しいものなのだが、何時まで私の気をもませようとしているのだろうか。


<前へ> P.75 <次へ>