鬱病生活記

 表紙
 目次
 はじめに
 第一章

 第二章

 第三章

 第四章

 第五章

 第六章

第二章 精神病院での入院暮らし

1.精神病院生活記

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4/22(水) 7:00頃

【入院生活での朝の煩わしさ】

目が覚めると、外はまだ薄暗い。時刻を確かめる為に廊下に出ると、まだ4:30だった。
タバコを吸いたい時に吸えない。これが、この入院生活で嫌な所の一つだ。煩わしさを紛らわせる為、再び、布団に潜り込んだ。
次に気がついた時は、5:30だった。タバコを吸えるようになるまでは、まだ1時間もある。流石にこれ以上眠れる気もしなかったので、歯を磨いたり、顔を洗ったり、同じくタバコ部屋が開くのを待ちわびている面々と挨拶したりしながら時間を潰した。
今朝は、昨晩の雨と打って変わって、薄い雲が漂っているものの暖かな日差しがあり、とても爽やかだった。
ようやく定刻になり、タバコ部屋が開くと、我先にと勇み駆け込んだ。
昨日までの外泊中に買って仕入れた新発売のタバコは皆に好評であった。
そう、タバコ部屋ではコミュニケーションの一つとして、仲間の間でタバコを交換する習わしがあった。尤も、物の貸し借り等は病棟の規則で禁止されているし、この部屋には監視カメラがあるのだが、私が入る随分前から、このタバコの交換の習わしは何のお咎めも無く続いているようだった。

タバコ部屋での快談を終え、部屋を出ると、何となしに誰もいない面会室に入った。どういった種類か知らないが、プラスチックの鉢に植えられていた艶やかな葉の植物が、物欲しげに光を浴びていた。コップ一杯半程、彼に水をやりながら、「今日一日どうなるだろう。」と、今朝の青天の如く澄んだ気持ちで考えていた。



4/22(水) 9:30頃

【決意】

やはり彼との事は、法に則った処置でけりを付けようと決心する。

『こころ』を読みつつ転た寝しつつ時間を潰した後、タバコ部屋に行き積極的に会話を楽しんだ。

部屋の隅に置かれた自分のベットに戻り、昇りかけの太陽を浴びながら、これを記す。



4/22(水) 20:00頃

【民主主義は多数決】

私は人を信用出来る様になるだろうか。
この病棟に居る患者の事は(精神病と位置付けられている面々に対して言うのも変な話だが)、信用に足りうる心を持っていると思いたい。そして、現に私自身、幾人かには、そう感じている。
彼女等は、寧ろ純粋すぎる。真面目すぎる。
逆に、俗世で堂々と生活している者達が、信用に足りうる心を持たずに闊歩していると考えてしまう。

私に今だ残っている客観的視点で見ると、私がここに入るきっかけとなる出来事の発端は、相手による裏切り行為だ。私はそれで傷を負い、ここに居る。
だが、相手はどうだろう。きちんとけじめも付けず、気持ちの赴くままふしだらな行為をし、社会的にはまだ“普通の人”として認知され、行動している。

所詮、民主主義など多数決。心を無くした者が多くなれば、少数派は排他される。
精神病と位置付けられるような弱者は淘汰される。
弱肉強食の自然の摂理、適応力の無さによる絶滅、そう簡単に片付けてしまうには、あまりに酷い。

今日、私の信頼していた主治医がある患者に対して“保護室行き”を通知した。
私の目には、その患者に対し、その処置が適当だとは映っていない。
主治医の事は信頼したい。入院時に親身になって私の話を聞いてくれた。
もう、人には裏切られたくない。
だが、この前、廊下を通っている時、偶然耳にした主治医の呟き、ある患者の様子を見た後の一言、「駄目だな、ありゃ。」
この言葉が、全幅の信頼を寄せていた者に欺かれても未だ頑固に持ち続ける私の信頼感を揺さぶる。



4/22(水) 20:30頃

【暴力事件】

今日は、ちょっとした事件が起こった。今までの付き合いでそんな事をするはずが無いと捉えていたある患者が、他の患者を殴りつけるという行為を行ったのだ。

尋常では無い様子をタバコ部屋の窓越しに目にした私は、点けかけのタバコをもみ消し、状況を確かめるべく、部屋を出て足早に現場へと向かった。
始めは、壁に自分の拳を叩きつけ、自傷行為を行っているのかと思っていたのだが、現場に近づくと、壁と拳を叩きつけている患者の間に、人が居たのである。
完全に切れて夢中で拳を叩きつけている彼女の様子に、少しひやりとしたのだが、ここが病院であり、看護師達もこの出来事に気付いて対応していたので、私は、殴られた側の患者に意識がある事、それ程大きなダメージが無い事を確認すると、「出る幕はない。」と思い、また、タバコ部屋へと戻った。

現場に居合わせた他の患者達も、敏感に状況を把握し、そして毅然と看護師達に処置を任せる事にしているらしかった。

私は、タバコ部屋で一服した。場所が場所だけに、いつこの様な事があってもおかしくない事は分かっていた。いつ何時、その様な出来事が自分の身に降りかかってくる可能性がある事も。
それなのに、妙に落ち着き、殆んど動揺もしない私は、いよいよ気違いじみてしまったのかもしれない。

これが外の社会であれば、警察沙汰になる事は確かだ。しかし、この様な刺激でも、今の私にとっては、ほんのちょっとした事でしかない。


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