鬱病生活記

 表紙
 目次
 はじめに
 第一章

 第二章

 第三章

 第四章

 第五章

 第六章

第一章 精神障害発生(鬱病)

1.独房生活

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【安らぎの空間、独房】

私は気が狂ってしまったのだろうか。

私は所謂『気ちがい』と分類される者たちが入る病院に入院することとなった。
始め、私がこの病棟に入った時、周りの患者達の異様さにゾッとした。

よだれを垂らしながら徘徊する者。
あさっての方向を見つめ、ただボーッとしているも者。
落ち着きなく、うろちょろと動き回る者。
読みもしない新聞をひたすらめくる者。
念仏らしき言葉を呟きながら歩き回る者。
ベットに寝たきりのまま大声で喚き散らす者。
白目をむいてベットに横たわっている者。
部屋の隅にうずくまっている者。

入院をする事は覚悟していたものの、ベットで点滴を受けながらボーっとするくらいの心構えであった私にとって、その現実はにわかに受け入れ難く、「私がこんなところに来るはずが無い。」、そう自分自身を保とうと、周りの者達を拒絶した。

尤も、私は『保護室』と呼ばれる独房に入る事になていたので、この者達と関わりのない監禁状態に置かれることになっており、それ故、この異様な環境に関わらなくて良い事に安堵していた。

私は看護師に連れられ、それらの者達が居るダイニングルームや開けっ放しの各部屋の様子を見ながら、保護室のあるだろう方向へ向かう。
そして、案内された保護室は、鍵がかかった分厚いドアが二重にある小さな空間。
この3畳半程の部屋には、トイレと寝床があるだけだった。
食事は定期的に運ばれてくるようで、お茶も自由に飲めるように2リットルのボトル入れられ紙コップととも用意されていた。

ここは、その時の私とって、とても居心地の良い場所であった。


この独房に入ったのは、17:00くらいであったろう。
私は、独房に入る前の診察の際、淡々と自身の近況について医師に語った。
1ヶ月前に大量服薬で自殺未遂をした事。
私を苦しめ続ける胸の中のドロドロとしたどす黒い流動体から気を紛らわせるべく、坐禅を組んだような形で唸りだした事。
それでも治まらず、自身の顔面を腫れ上がるほど殴り続けた事。
そして入院を決意した、私の父の様子。
大量服薬の一件以来、上京して同居していた父親は、こんな私の様子を目の当たりにして、酷くストレスを感じたのだろう。
父は、自身を殴りつける私をなだめつつも、トイレに行っては嘔吐を繰り返していた。

「これでは父に対して申し訳ない。」
私は、そう感じて、父と離れる為、「入院をしたい。」と希望し、診察の結果、めでたく入院が決定したのだった。

診察の際、理路整然と自身の様子を語った為か、精神障害の症状とししては軽いものとみなされたようで、病状の軽いも者達がいる病棟に入れるよう手配をされた。
しかし、このご時世、生憎その病棟は満室とのことで、やむなく症状の最もひどい者たちがいる病棟の独房に入ることとなった。


この独房には、おおよそ決まった時間に食事が運ばれてくる。
他者との接触を最小限にとどめられるこの閉鎖的な空間は、妙に落ち着く。
何となしに床に伏せていると、18:00くらいになったのであろう、早速夕食が運ばれてきた。(何せ、ここには時計がない。時間を把握するには、食事と就寝前の薬が運ばれてくるタイミングで見図らなければならなかった。)
しかし、大量服薬の一件以降、数日間ろくに食べ物を口にしていない私にとって、急に普通に食事をすることは、そんなに簡単なことではなかった。
出された食事も各器の物を一口ずつ口に運ぶ程度で、夕食は終わった。

その後、しばらくの時間を横になり、うつらうつら過ごしていると、私の病気の為の薬が運ばれてきた。(この時刻は20:00ぐらいなのだそうだ。)
その中には睡眠薬もある。
それを飲んで床に入ると、いつの間にか朝になっていた。

何と不思議な事に、私には眠った感覚がない。
床につき数秒目を閉じて、また開いたら朝になっていたのだった。
そんな違和感を覚えた私は、定期的に見回りに来ている看護師に「眠っていたのか?」と問いかけると、「ちゃんと眠っていましたよ。いびきをかきながらね。」と少し意地悪い言葉が返ってきた。
確かに私は数時間眠っていたらしい・・・。

7:30頃になったのだろう。
朝食が運ばれてきたが、やはり食べる気は起きない。
「食べなければ。」という観念はあったので、多少は口をつけられたが、まだ、出されたものを殆ど残す程度の食欲しかない。

こんな独房生活を2〜3日繰り返したと記憶している。
私は、この何もない、何もできない環境に、妙に落着き、安らぎを憶えていた。


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