鬱病生活記

 表紙
 目次
 はじめに
 第一章

 第二章

 第三章

 第四章

 第五章

 第六章

第一章 精神障害発生(鬱病)

3.混乱と不安と憂鬱

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【理性と執念の狭間で】

何度も整理するようだが、大量服薬をしたのが2月24日(火曜)の早朝。
救急病院から出たのが次の日の25日(水曜)。
彼の職場に会いに行ったのがその次の日の26日(木曜)。
次の日の金曜は何をしていたのだろうか、全く覚えていない。

次の土曜日には、事のいきさつを告げた友人に会い、今後の方向性につき語り合い、アドバイスを貰い、それとなく先の生活に目途を立てた。
月曜日に会社に行ければ、なんとか社会生活も続けられるだろうと。

なお、職場の上司には、自殺未遂で入院をして無断欠勤をしてしまったことを正直に伝えていた。
入社間もない私が、職場と関係ないことでこんな始末を起こしてしまったので、クビは覚悟しているとも伝えたが、何とも心得のある上司で、「何かあるとは思っていましたが、私はそんな事で部下をクビにするようなタマではありません。今はゆっくりしてください。ただ、もし可能なら月曜日にでも顔をだしてください。」と温かく対応してくれていたのであった。

月曜日出社出来ていれば、何事もなく普通の人として何とかやって行けたかもしれない。

月曜日当日は、朝早くに風呂に入り、着替えを始めた。
しかし、スーツに身を通すことができない。
「スーツを着て家さえ出れば、なんとかなるだろう。」
そうと思う心とは裏腹に、どうしても体が動かない。

自殺未遂以来上京していた父親の、「あまり無理をするでない。」との一言から、私は甘えてしまい、結局、その日の出社はできなかった。

そして、その後も会社に行く気にはなれなかった。


彼に裏切られたとの思い、さらに自分の腑甲斐無さが胸を覆い、何も言えない、暗い、そして強い衝動が起こり始めた。
「何としても真相が知りたい。」
そんな思いに駆られ、私はその後の数日間、例の異性の電話番号をもとに特定の地域を絞り込み、一人住まいであろうことを想定して、その周辺のアパートを何軒か周ってみる事にした。
その地域は、一軒家の多い住宅街で、マンションやアパートなどはそう多くなかった。
最初に訪れた時は、雰囲気を確かめる程度で、また後で調べに来ようと、それほど歩き回らずに立ち去った。

そんな事をして過ごしていた中、一度だけ、たまらずに、仕事が終わったであろう時間帯の彼へ電話をかけて、「今日は例の異性のところへ泊るの?」と問いただした事があった。
私の大量服薬からは1週間以上経っており、その間、ずっとホテル住まいということはないだろうと予測し、そんな問いをかけた。
それに対し彼は、「その異性のところには行かない。今日はホテルではないが友人宅に行く予定。子供じゃないんだから泊まるところぐらいある。あなたからの電話は怖いのでかけてこないようにして欲しい。」そんな事を言われた。
でも私はその返答に余計に疑いを持った。
これまでの彼との付き合いから、泊めてくれるほどの友人関係が近くにないことを私は知っていた。

何日かおきにその地域へ足を運び、調査をしていたある日、とあるアパートの郵便受けの表札を見て驚いた。
例の異性の苗字が書かれていたのだ。
そんなに多い名前ではないので、直感的にここだと思い、予め通話記録から得ていた相手の自宅の電話番号へ携帯電話からかけてみる。
すると、確かにその部屋から呼び出し音が聞こえる。
居場所は突き止めた。これで、彼が本当に“ホテルや友人宅に泊まっている”かどうかを確かめることができる。
私は、絶望の中で、そんな怨念じみた思いを胸に、その日はその場を立ち去った。

また、この時と同じ間に、彼の両親に対する謝罪の手紙を書いた。
彼の両親は、本当に私を受け入れてくれた。
「うちの息子には勿体無い程の良い相手が見つかった。」
そう安堵されていた様子もあったし、彼も良い年齢(38歳)であり、私は「彼との結婚を前提にお付き合いさせてもらっております。」ときっぱりと宣言していたのであった。
だから、本当に申し訳なく、また、彼の不道徳的な振る舞いを訴えたいという裏腹もあり、手紙をしたためて時を過ごしていた。
なお、手紙は完成した後に、速達で彼の両親のもとに送った。

それから私は、随分と悶々とした中でうごめいていた。数日間、何の連絡もできずに会社にも行けなかった。

そんな状況が幾日経ったのだろうか、彼の新しい相手が住んでいる場所を知りながら、そこへ行って現実を確かめる勇気もなく、また、そうやって疑い彼の言葉を信じられないもどかしさ.。ある晩、そういった物がいっぺんに込み上げてきた。
それを押さえつけるべく座りながら深呼吸をした。
深呼吸をしているうちに、自然と唸り声が出始めた。
もう何も考えたくないのだが、いろいろな思いが頭を駆け巡る。
それを止める為、私は自分で自分の顔を殴った。
「自分で自分の顔を殴るぐらいでは、死んだりはしない。多少、顔がはれるくらいだろう。」
そう考えていたし、実際、自分で自分を殺すなどという事は、そう簡単にできることではない。
せいぜい顔が腫れる程度なのは計算済みだ。
手首を切ろうと思っても傷一つ付けられなかった私にとって、精々出来る事は、自身の顔を殴るくらい。
腕立て伏せや腹筋をするかのごとく、10発殴っては、次は20発、まだ大丈夫だから、さらに30発に挑戦。
そんな感じで、合計200発くらい殴っただろうか。その痛みで、頭の中にぐるぐる回っているものが少しでもかき消されていけば儲けものだ。
そんな考えからの行動だった。

しかし、これが普通の人間には奇妙に見えたらしく、それを目撃した父がひどく驚き、私を押さえつけ、110番通報をしたのである。
だが、自分で殴っているだけで、他人に暴力を振るっている訳ではない。
警察が出る幕ではないだろう事も計算していた。

結果、警察は精神障害者として捉えたらしく、まずは役場で担当の人に相談するように父に促したらしい。

そして、外から見たら私の尋常ではない行為(私の中ではそれなりに計算しての行動だったのだが)を目の当たりにした父は、ストレスの為、その晩から朝にかけて、ろくに眠れずに嘔吐を繰り返していた。

「これでは父を巻き込んでしまう。」
前述しているが、結局それの思いが引き金となり、父と離れる為、私は入院を決意した。


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