鬱病生活記

 表紙
 目次
 はじめに
 第一章

 第二章

 第三章

 第四章

 第五章

 第六章

第一章 精神障害発生(鬱病)

3.混乱と不安と憂鬱

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【会社を辞める】

自分で自分を殴った日の夜は、さすがに疲れ、床につき少しは眠ったのだろう。
目が覚めた頃は、すでに朝になっていたように思う。

暫らく呆然とした後、日課である枕元のノートPCでメールのチェックを行った。
会社の上司から「調子はどうですか?タイムパートのような形でも良いから気が向いたら来てください。」という気遣いのメールが入っていた。
既に自殺未遂の事を連絡してあるにも拘わらず、非常に寛容な人だと関心し、感謝した。
自殺未遂した私に「辞めろ」とは言わないのである。
この会社は、非常に実力主義的な風潮のある会社だった。
それを承知で、私も意気込んで入社を決めた。
それなのに、無駄な金のかかる社員に対してメールとは言え非常に丁寧に接してくれる。

しかし、その時は人から親切にされることが、何よりの気持ちの負担となっていた。
人の期待にこたえられない自分に情けなさを感じた。
このもどかしさの為、私は床にうつ伏せたまま、また唸りだしていた。

その様子にハタと気づいた父親が駆け寄ってくる。
とても呼吸が荒く、しゃべることのできない私は、精一杯の声で「紙とペン。」と呟いた。
「何か書きたいことがあるのか。」と、父は、すぐさま紙とペンを用意してくれた。
そこには、次のようなことを書いた。

1.この苦しみは自分がもっと強くなって乗り越えなければならない
  試練だ。気は狂っていないので大丈夫。
2.こんな姿を父親に見せることは、父親自身にとってストレスだから
  父と離れる為に入院させてくれ。
3.会社に対しては非常にすまないと思っている。実力主義の会社とし
  て、それを良しと受け入れ入社したのだから、私には居る資格は
  無い。働けずに籍を置くことは、心理的プレッシャーになるので
  辞めたい。
4.私が入院したら、ベランダの植木鉢には、ちゃんと水やりをして
  欲しい。今が春先で一番で大切な時期なので、慎重に面倒を見て
  欲しい。

父は、これにで私が入院を覚悟した事を認識したらしく、役場の担当者経由で近くの精神病院を紹介され、先生の診断を受け、入院するに至ったのである。

その後、会社へは、診断の結果「1〜3ヵ月の入院を言い渡されましたので、退職届を書きます。」と連絡し、「逆に仕事をしなければというのがプレッシャーになるのならば、辞めるのも致し方ないか。」との父親の後押しもあって、私は、めでたく入って間もない会社に、数週間足を運んだだけで辞めてしまった。


そういう訳で、3月31日から、私は精神病院に入院している。

ちなみに、この入院までの間は、ろくすっぽ食事をとっていない。
それなりの物は食べていたと思うが、主に炭酸飲料で腹を含ませていれば十分だったので、体重は、事件前より6〜7Kg減少していた。
転職等、色々なストレスで過食気味であった私にとっては、良いダイエットになったと思う事にしている。


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