鬱病生活記

 表紙
 目次
 はじめに
 第一章

 第二章

 第三章

 第四章

 第五章

 第六章

第一章 精神障害発生(鬱病)

4.精神病院の中

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【窮屈な病棟生活開始】

話を入院生活に戻そう。

『保護室』という独房を出るように扱われてから2日目、10:00になったのだろう。
看護師が、独房から私を出しにやってきた。

床にふしていた私は、「またあの『気ちがい』達のところには行きたくない。ここの静かな環境が良い。」との思いから、「行かなくては駄目ですか?ここに居たいのですが。」と看護師に尋ねた。
看護師の答えは何の躊躇も無く、「規則だから駄目です。」との事。
それはそうだろう。所詮は、お偉いお医者さんが下した指示の範疇でしか動けないのが看護師としての立場だ。
そう諦め、深いため息とともに、重い体を動かし独房を出た

独房を出た後、昨日父が持ってきてくれた入院道具(タオル、衣類、洗面用具、歯ブラシ、等)に名前を書くように促された。
「小学生でもあるまいし、日用品くらいならまだしも、衣類に名前を書くなんてばからしい…。」
そんな思いから、2・3文句をこぼしながら、その時は最低限のものにしか名前を書かず、後は改めて書くのでどこかにしまって置いてくれるように取り計らって貰った。

また、この病棟では週に2度、風呂の日があるらしかった。
月曜と金曜が風呂の日らしく、丁度、この日が風呂の日であった為、風呂に入るよう促された。
風呂といっても、小さな銭湯のようなところで、体の不自由な者もいたのであろう、おばちゃんたちが、風呂場に入り皆の体を洗ったり拭いたり世話を焼いている。
「イモ洗いでもあるまいし、自分は普通に風呂に入る事が出来る。」
そんな吹けば飛ぶようなプライドみたいなものが、私を風呂に入らせることを拒ませた。
そして、昨日と同じように、10:00〜16:00まで、『気ちがい』達の中で、そして、その一員として過ごした。


次の日は、主治医の診察が予定されていた。
そのころは、それなりに食欲も回復しており、出されたものの5割程度は食べれるようになっていた。
また、『気ちがい』扱いされることにも、周りの異様さにも、だんだん慣れてきていた。
それを知ってか知らずか、落ち着いている私の様子を見て、主治医は、また決断したらしい。
これからは完全に独房生活を離れ、各々にカーテンの仕切りもない8人部屋の窓側に用意されたベットで過ごすように計らわれた。

また、未だに覇気の無い私に対して、主治医は薬の量を増やすようにも計らった。

ある程度観念した私は、まだ名前を書いていない衣類などに、半ば自棄で名前を書いた。
「こんな服、退院したら着られないな。」
そんな吹っ切れた思いだった。

しかし、「この『気ちがい』として扱われる生活には、とても耐えられない。」との気持ちは同じだった。
主治医に、私はこの思いを訴えた。
主治医は「すみません。」と笑いながら軽く会釈をした後、「それはそうでしょう。そう感じるのが普通です。」と言うような言葉をくれた。
そして、次の月曜日にはもっと症状の軽い者達がいる別の病棟に移れるように取り計らってくれた。

私は、主治医に対して一人の普通の人間として会話ができた事に安堵し、あと数日我慢すれば、もっとましな環境に移れることに希望を持った。

とにかく、20:00頃に出される薬を飲めば、眠りにつき、明日を迎えられる。
あまり先の事を考えず、とにかく今日一日をどうするか、薬を飲む時間まで何をするか。
そんな先の見えない窮屈な日々が続いた。


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