鬱病生活記

 表紙
 目次
 はじめに
 第一章

 第二章

 第三章

 第四章

 第五章

 第六章

第一章 精神障害発生(鬱病)

4.精神病院の中

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【人として扱われたい】

次の日(土曜日)、仕事が休みになる母が、態々上京し、面会に来てくれた。
やはり、普通の人間として会話ができる事が何よりも心地よかった
話す内容は、母が私を一方的に心配している思いが中心であった。
母が思いやってくれることは嬉しいのだが、「ああしなさい」とか、「こうしなさい」とか、「こんな風に考えなさい」とか言った実践論には全く的を得るものが無く、私には何の刺激にもならなかった。
母自身は、ある一種の宗教的な書物の教えに従って、「一日一日を楽しく過ごせている。」と言っては、その書物から得た情報を私に言って聞かせるのであった。
その場で、その書物をちらりと見せてもらた時、「ああ、これはあまり深く物事を洞察し、多角的な立場から物事を考え、人間の本質に迫ろうとするもにとっては無益だな。」と直感し、こういった母からの話は、私にとって馬耳東風となった。
(勿論、その書物を垣間見ただけなので何とも言えないところはあるが、その書物は、如何に依存物から脱却し、平安な情緒で暮らしていけるのかを主題にしているらしかった。)

看護師とは人として会話ができない。
まず、目を見て会話をしないことが腹立たしかった。
まるで、物でも扱っているかのような感じを受けた。
尤も、看護師やケースワーカーは慢性的に不足しているらしく、そんな一人ひとりに気を向けれないという事実もあるのだろうが、それにしても、物扱いされている感じを受けてしまう。

この日、看護室に行き「私は、月曜日に他の病棟に移るんですよね?」と問いかけると、一人に看護師がPCをチェックしながら、そのままの姿勢で、「そうですね、でも予定ですのでどうなるか分かりません。」と答えた。
その動作、言い方、何より目の色で、私はこれが嘘だと直感した。
おそらく月曜日には移動できないのであろう。それは確定しているらしかった。

確かに私は、早くほかの病棟へ移りたかった。
しかし、それよりも、決まっているならその事を伝えて欲しかった。
「月曜日には出られない。」
それが決まっているのであれば、それだけでも事実として話して欲しかったのだ。
時には嘘をつくことも必要なのだろうが、この時の看護師の対応には、不愉快であった。

その日も、とにかく決まった時間に薬を飲み、眠りに就いた。


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