鬱病生活記

 表紙
 目次
 はじめに
 第一章

 第二章

 第三章

 第四章

 第五章

 第六章

第二章 精神病院での入院暮らし

1.精神病院生活記

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4/17(金) 5:00頃

【昨日は薬を飲んだので】

昨晩の薬は良く効いた。消灯時間を迎えた記憶も曖昧だし。しかも、寝る前に書いた自身のこれを読み返して、「こんなの書いたっけ?」と思う始末。
そう言えば書いた気もするが、大分乱筆で、自らでもいつも以上に読み辛かった。

一度、1:00に、目が覚めたのを覚えている。
もう一度床につき、今、再び起きたところだ。

まだ、5:00、気分は上々。
起床時間まで暫くある、もう一度横になろう。



4/17(金) 8:20頃

【心の傷は体の傷と同じだが、治療法が未発達】

ここに居る患者達について、加えておきたい。

ここに居る多くの者は、過去に心に深い傷を負った。いじめ、虐待、性的暴力。受けるべく愛情を受けそびれた者も居るだろう。
こんな所に来ている者で、『アダルトチルドレン』等と作られた言葉を当てはめられている者も。

色々な病名が付けられているが、大きな目で見れば、全て同じ部類だろう。心の傷は見たで分かる怪我や病気と同じだ。

その傷の度合いによって、治療をして治る者もあれば、治らない者もいる。時には死に至る。
ここの者達は、治らないだろう傷を持ったものが特に多いようだ。
完全に治らない場合でも、杖を突いたり、義足をつけたり、社会で生活できる補助道具があれば、なんとかやっていける。

私の場合は、小学校5〜6年生時代に、兄の家庭内暴力で、心に傷を負った。
兄の気分次第で、殴る蹴る等の暴力を受ける。
時には遊び相手にされ「かくれんぼするぞ。」と言い出したので、所詮従うしかないのだが、心の中で「しめた!」と思い、全力で見つからない場所に隠れた。1階の屋根とベランダの間の3角形の空間に、時には車のトランクの中に、車庫の上にある物置となっているロフトスペースの段ボールの中に。その時、自分にある最大の知恵を使って隠れた。
でも、兄が見つけれない場合は、「出て来い!」と怒鳴り散らし暴れだすので、出ていかざるを得なくなるのだが。

家に帰れば、兄が居る。なるべく近くに寄りたくないし、関わり合いたくなかった。だから家には居たくなかった。でも、時間になれば家に帰るしか無い。当時の私は、その方法しか知らなかった。

学校は楽しかった。友達も沢山いた。なるべく家に帰らないように、時には一人で遊んでいたこともあった。

とうの昔に忘れていたと思っていたのだが、どこかで、そんな心の傷を、これまで引きずって生きてきたのだろう。

そんな私に“全幅の信頼を寄せる人からの裏切り”(事実をちゃんと確認した訳ではないので、私の思い込みと言われればそれまでかもしれないが)と言う事故がきっかけで、これまで引きずってきた傷が露わになったのかもしれない。これまで使っていた、その傷を保護する何らかの道具が壊れて。

結局、大量服薬、自分で自分を殴るという、常人から見れば非社会的行為を行い、ここに居る。

人は所詮、経験した事しか分からない。似たような経験から連想はできるが、他人の本当の気持ちを理解するには至らない。

ここに居る患者達は、私以上の心の傷を持った者も多い。
だから、私には到底理解できない破天荒な、または自分勝手な行動をするのだ。

それだけに、現代の日本社会に馴染むのは難しい。

馴染むための道具も環境も、まだ、発展途上で未熟なまま。

“普通”の人は、ここの者達を理解できずに“障害者”として扱う。

それで良い。そうするしかない。まともに対峙すれば自分が壊れる。だからそれで良い。

でも言っておく、皆、本当に心根は優しいのだ。“障害者”等と言うレッテルを張る前に、「こういう人間もいるんだな」と認めれるようになれば、それだけで良いのだ。



4/17(金) 10:00頃

【続・鬱病と日光】

やっぱり天気(日光)と、鬱病は、関係あるのだろうか?

今日は、曇りだ。午後は雨だという。
昨日は薬を飲んだのだ。しかし、これまでより、ずっとテンションが低い気がする。
少なくても、昨日の同じ刻よりは、落ち込んでいる。
ジャージ姿では少し寒いくらいだ。今日の最高気温は、予報によれば16℃だという。その寒さが関係しているのかもしれない。

院内散歩に出た私は、そんな寒さのせいもあり、風の当たらないプレハブの喫煙所でこれを書いている。

これからタバコを吸う。

今日、主治医に診察を受ける予定だが、時刻はまだ伝えられていない。
さて、予定通り、今日、主治医と話はできるのだろうか?



4/17(金) 11:00頃

【蟻の動きも右往左往】

プレハブの喫煙所に『トトロ』がやってきた。
ペンを走らせている私に向って「何やってんだよ。」と声を浴びせたので、「邪魔ですか?」と答えたが、いつもイヤホンを付けて何やら音楽だろう物を聴いている『トトロ』には聞こえなかったらしく、イヤホンを片方外し、「えっ?」と聞き返すので、「すみません、失礼します。」と言って、他の喫煙所へ移動した。

お気に入りの笹の壁と屋根で覆われた喫煙所に行き、腰を下ろしタバコに火をつける。
不図タイル張りの地面を見ると、1匹の大きな蟻が居た。
うろちょろしている。
少し止まり、触覚を舐め準備を整えると、忙しそうにまた歩き始めた。
必死に何かを探しているらしい。右に行ったかと思えば、左に行く。ぐるっと回って、1度通ったところに戻っては、また違う方向へ動きだした。

「彼は何かを見つけるだろうか。」と考えながら、暫らくその様子を観察していた。

その時思った、人生と同じだなと。決して一方向へ進むだけでなく、紆余曲折。探している物に出会えるかどうかも分からず、思いがけないものに出会ったり。

こんな他愛もない事を書いているうちに、彼から目を離してしまい、どこかへ行ってしまった。



4/17(金) 12:20頃

【幻聴でも聞こえたの?事件】

今日の昼食中、非常に面白い出来事が起きた。

いつもニコニコして、暇さえあれば音楽プレーヤーをつけ、ノリノリに小声で歌を口ずさんでいるEさんが、突然、おかずの入っている器を壁に投げつけ、「うるせー!」と怒鳴ったのである。さらに続けざまに、お盆ごと壁に投げつけた。

一瞬、ダイニングルームの空気が凍りついたが、私を含め、患者の面々は、何もなかったかのようにその後も食事を続けていた。まあ、ダイニングルーム全体の様子を見た訳ではないのだが、私の視界に入ってくる面々は、ピクリともせずにいた。その後も、淡々と食事が続く。

患者等にとっても、職員にとっても、こんな事は慣れっこなのだろう。また、私もそうなのかもしれないが、精神病者や薬漬けにされている者達にとって、このくらいの刺激ではリアクションなど起こさない。

看護師が駆けつけ、Eさんの腕をとると、『保護室』へと促し連れて行った。
そして、ケースワーカー達が、「皆さん大丈夫ですよ。気にしないで下さい。」と声を上げながら、散らかった壁や床を掃除し始めた。

Eさんは、誰もいない方向へ、器やお盆を投げていた。唐突過ぎるその時の状況からすれば、誰かと諍いを起こして憤怒したので無い事は明らかだった。

「成程、何か幻聴が聞こえたのだな。」
私は、直感的にそう考えた。
そして、これまで単なる音楽依存と思っていた彼のヘッドホン姿を思い浮かべ、「あれば、幻聴を紛らわす行為だったのだろう。」と勝手に納得した。

そう言えば『トトロ』も常にイヤホンを付け何かを聞いている。あれも幻聴を紛らわす行為なのだろうか。

このような事を目の当たりにして、随分と勝手ではあるが、自分なりに結論づけられたことが、非常に面白かった。



4/17(金) 16:40頃

【ここの病院は入院患者に対する扱いが…】

そう言えば今日は、一昨日薬を飲まなかった日の深夜に申し込んだ、診察希望日だ。
それについては、まだ何も連絡を受けていない。
ひょっとして、何かのミスで主治医には伝わっていないのではないのだろうか?

この病棟の患者は、週に一回、診察の日があるようだった。

私は、かれこれ10日間放置されっぱなしだ。
今日も出来ないとすれば、何時出来るのだろうか。その返答だけでも貰おうと、先程看護室へ詰め寄った。対応してくれた看護師によると、「確認してみます。」との事。
これで納得いくような返答がなければ、看護師相手に喧嘩を売るしかない。
ミスならミスで仕方がないが、ちゃんと謝って貰わなければ、納得も出来ないだろう。

さて、どうなる事やら。



4/17(金) 17:00頃

【10日ぶりの診察】

診察はちゃんとあった。きちんと希望が伝わっていたらしい。

ダイニングルームの片隅のタバコ部屋に居ると、主治医から声がかかった。タバコを吸い終え、聞く予定の事をメモした紙を手に、既に使用中だった診察室ではなく、通常は保護者と患者が面談する時に使用する面談室へと向かった。中に入り、待っていた主治医の対面に座った。

私は彼の顔を見るなり、「少し疲れ気味だな。」と感じると共に、ようやく、彼と話す事が出来る事に安堵した。
会話の切り出しは、主治医の「このところ調子はどうか。」と言うありきたりの事だった。
適当に答えた後、私はメモをテーブルに広げ、こちらの要望を言い始めた。

1つ目は、今私が飲んでいる薬について、その種類と量が書いてある紙でも貰えないかと言う事。
これについてはあっさり了解してもらい、看護師に伝えておくとの事だった。

2つ目は、外泊の可否について問いてみた。
これまでの会話や行動について、私の病状が軽い事と認識していたらしい主治医から、「出来ますよ。」と即答された。
この病院の習わしでは、患者が外泊するというのは、退院が近い事を意味する。

3つ目は、私自身が、これからの人生をまっとうに生活する上で、また、この病院が悪徳でない事、主治医が信頼できる者である事を確かめるべく、最も心配していた“薬漬け”の可能性について聞いてみた。

ところが、この話を切り出し始めると直ぐに、看護師がドアを叩き、中に首を入れ、「Aさんの様子がおかしくなりました。すぐに来て下さい。」と主治医に言った。私は「どうぞ行って下さい。」と主治医に告げ、主治医は即座に席を離れた。

私は、「またAさんは保護室行きだな。」と直感し、安堵した。彼女はこの病棟の空気を濁らせる何かを持っていた。そして、他者に敏感な他の患者達も、私と同じように感じていたらしく、私は彼女が居なくなることを望んでいた。

その余韻で落ち着きながら、暫しボーッとしていると、主治医が置いて行った青い分厚いファイルが目に止まった。どうやら私の診察記録らしい。始めの頃の談義で、「別に見ても良い。」と言われていたので、何の遠慮もなしにファイルを広げた。

確か、1ページ目だったと思う。入院する時の診察から私を分析した結果だろう。私について、“理屈っぽい”と書かれてあった。“理屈っぽい”と言う表現は、あまり良い意味では使うものではないので、多少居心地の悪さを感じたが、自身で振り返ると、他者と比較して確かに私は“理屈っぽい”ので納得した。
その後、ペラペラとページをめくっていると、私が入院前、床でうつ伏せになり唸りながら殴り書いたメモがあった。これは、主治医に参考にして貰おうと入院時に渡してあったものだ。

そのメモの表現については、多少おかしな所があったかなと改めて思うのだが、その趣旨については、今も変わりない。つまり、私の厭世的人生観は変わっていない。
また暫く経った後で、その内容を再確認してみようと思い、このコピーを貰えるようにメモ書きに追記しておいた。

再び、ファイルの中身をペラペラしていると、主治医が戻ってきた。

「Aさんは保護室行きですか。」と期待を込めて聞いてみると、「そうです。」と何事もなかった様子で主治医は答えた。
単なる気まぐれか、私の探究心がそうさせたのか、「彼女は“統合失調症”ですか?」とさらに突っ込むと、予期しない程、私を満足させる答えが返ってきた。
「いいえ、違います。彼女は知能的に問題があるんだと思います。このようなケースは、良く“統合失調症”と間違われるんですよね。」
私を真人間と捉えていたのか、それとも主治医の誠実さなのか、包み隠さず本心と思える意見を私にくれた。
「つまり知的障害。知能レベルが低いのですね。」と私が付け加えると、主治医は黙って頷いた。

そんな会話の後、途切れていた薬漬けの可能性についての話に戻した。
私は、周りの者がどんどん薬を強くされているように思っていたので、ここが悪徳病院で、入院期間を延ばしたり薬代を稼ぐ為に、皆を薬漬けにしているのではないかと、頭の片隅で考えていたのである。
それとなくその事を尋ねると、統合失調症では色々薬を変えながらその人に合う薬と探しているとの事、鬱病では薬依存になりにくい事、を教えてくれた。ただし、鬱病でも一生薬を飲み続けねばならない可能性が少なからずある事も、加えて教えてくれた。

そうして会話していると、何らかの拍子で、『ゆきさん』の事に話題が移った。『ゆきさん』も私と同じ主治医が担当している患者だ。
「彼女はどうしたら治ると思いますか?」主治医は、唐突にも、私にそんな事を訪ねてきた。
『ゆきさん』と、それなりに仲良く付き合っていた私は、正直に本心から、また、そうなれば良いという夜空にただ一つだけ輝く星の光りのよう僅かな希望を胸に、答えた。
「彼女は、非常に悲惨な環境で育ったのだと思います。すごく自分勝手な事ばかり求めるのですが、彼女のやりたい事を、彼女が飽きるまで全てやらせ、今溜まっているエネルギーを全て吐き出させてから、1から教えて行くのが良いと思います。ここに居るほとんどの患者がそうなのかもしれませんが、本来貰えられるべき時期に愛情を受けられなかった為に、あの様になってしまったのでしょう。まあ、机上の空論で現実的にほぼ不可能な事でしょうけれど。」
「そうです、彼女は非常に悲惨な生い立ちです。」主治医はそう答えると、この話については切り上げた。

話は、また私自身の事に戻った。
先ほど自分のメモに追記した、入院時に私が書いたメモのコピーを貰えるように頼むと、これ又あっさりと了承され、看護師に伝えておくとの事だった。

それから、外泊ができるという事なので、早速2泊の具体的な日時(4/25夕方から4/27夕食前)を決め、診察は終了した。

私の退院も間近になってきた。
私の父の仕事柄、私は幼少の頃か転校という経験を幾つかしてきた。
退院の目途が立った今、私は転校の時に似た一種の寂しさを感じている。



4/17(金) 19:30頃

【笑う事で心が晴れます】

今日は大いに笑った。
統合失調症の『ひろさん』と、同じく統合失調症のSさんと一緒に、タバコ部屋で話をしながら、笑った。
『ひろさん』は“喜”モードに入っているらしく、それがSさんにうつったらしい。今まで俯き加減で笑い顔などあまり見せた事のないSさんが、爆笑モードで笑っていた。
話の内容は、タバコを止められるだの止めてみせるなど、他愛も無い事だったが、とにかく賑やかだった。

笑いは良い。ほんの束の間で、小さなものだったのだが、とても奇麗な、心の中に一輪のタンポポがでも咲いたような気分になった。



4/17(金) 20:00頃

【『ゆきさん』行方不明】

『ゆきさん』が何処かへ行ってしまった。もしかすれば、もう会う事はないのかもしれない。
私は、昨晩、“注射ごっこ”をさせているうちに、歯止めが効かなくなった彼女を注意して、怒らせて、また、我慢をさせてしまっていた。
彼女は、今まで我慢をし過ぎてしまっている。何でも好きなようにさせる事が必要なのだろうが、現実的には難しく、特にここでは誰も助ける事など出来ない。
ここに居る多くの者が、患者だけでなく職員も、自分自身を何とかすることで手がいっぱいなのだから。


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