鬱病生活記

 表紙
 目次
 はじめに
 第一章

 第二章

 第三章

 第四章

 第五章

 第六章

第二章 精神病院での入院暮らし

3.精神病院から脱走

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父は、入院患者では無いので、『面会室』へと通され、待っている。
私は、ダイニングルームに戻り、顔を合わせた面々と話をしてから、父の居る面会室へと入った。

私は面会室に入るなり、「待たせて悪いね。」と父に言った。
すると父は、「面会室で麻雀をしている人たちが居たから、『別にダイニングルームで待ってても良い。』と、案内してくれた人に言ったんだけど、『どうぞ、どうぞ。』と麻雀をしていた面々が片付けて出て行くものだから、何だか気の毒だったな。」と話した。
「まあ、仕方ないよ。規則、規則で、融通が利かないからね、こういう所は。」
そう私は返しつつも、「本当に融通が利かないな、この病院は。いい加減な所は一杯あるのに。」と思わずにはいられなかった。

父は、何度もこの病棟に来ているし、所謂精神病患者の面々にも慣れていたし、私も「病院の患者の方が、下手な一般人よりも全然人間らしくてまともだ。」と話して聞かせていた事もあったから、こんな感想を覚えたのだろう。
精神病院というところは、下手すれば、刑務所のようなものだ。
一般社会に居ては迷惑をかけるから、ここに収容している。
少なからず、そう言う側面がある。
実際、一生このような施設で暮らさざるを得ない人もいるのだから。

何が、異常で、何が正常か。
それは、社会情勢によって流動的に動くものだ。
今の時代は、社会人として自立して生活できない者を、異常(障害者やニート等)と位置付けている。
他の時代ではどうだったのだろう。
今は『統合失調症』なんて病名をつけられるような人も、時代によっては、『ちょっと変わった奴』くらいの扱いだったのではないか。
極端な例だが、戦国時代なんかは、寧ろそういう類の者、ちょっと人間離れしたような者が、『歌舞伎者』なんて言われながらも活躍していたのかもしれない。だって、人殺しが当たり前の時代だったのだから、その先陣を切って主導する物の中には、そのぐらい大胆な事を出来るくらい異常な精神を持っていた者も居た事だろうと想像できる。

そんな事を考えていると、主治医がやって来て、私を診察室へと促した。
父には特に用が無いらしく、父も主治医に対して特段の用も無かったものだから、父はそのまま面会室で待っている事になった。

診察室へと入ると、主治医は「外泊中特に変わりは無かったですか。」と訊ねた。
私は、「別に無いですね。」と答えると、「じゃあ退院です。」と主治医は言った。
尤も、余程の事が無ければ、退院は確実だと思っていたので、これは当然の結果だ。

そして、私は肝心の事を主治医に問いかけた。
「昨日、彼と話したと思うんですが、どんな感じでした。」
すると、主治医は私の想像外の答えを返した。
「どうも、彼の話とあなたの話は、全く対立していてどっちが本当なのか分からないのですよ。彼は『自分は何も悪い事はしていない。』と言ってたので…。
寧ろあなたが彼を振り回しているのでは無いのですか?
ちなみに、相手の女性も一緒に来ましたよ。流石に診察室には入れませんでしたけどね。」
そんな話をしながら主治医が見ている資料は、昨日、彼と会って聞いた事をメモした紙だった。そこには、“ストーカー”と言う言葉が書かれていた。

成程、彼は、私が彼と相手女性が出勤する所に現れたものだから、私の事を“ストーカー”なんて被害妄想して、自分の主張ばかりを主治医に話したようなのだ。

私は、「これは精神科の医師が出る幕では無いですね。単なる男女間のいざこざだから。」と言うと、主治医も「確かに、あなたの言う通りかもしれない。私はあなたの精神状態の面倒を見るのが仕事だから、男女間のもめ事を仲介するのは、範疇外ですね。」と答えた。
私も納得して「そうですよね。」と同意した。


それにしても、昨日の彼の行動は理解し兼ねる。
そもそも、私の主治医と会う目的は、「私の状態を確認して、互いに話し合いが出来るか否かを判断する。」と言う物のはずだったのだが、どうやら彼は、「私は悪くない。」と言う自己主張だけして帰った様なのだ。

本当、意味不明。

頑張って、自己暗示をかけているのだろうか、それとも相手女性にマインドコントロールでもされているのだろうか。


こうして診察を終え、私が席を立ちながら、「でも、彼との関係、彼に対する思いが、私の病気の根っこなんですよね。」と、何ともやりきれない言葉を主治医に投げかけ、お互い診察室を出た。

主治医は、看護室に私の退院が決定した事を告げに行った。
しかも、今すぐ、退院なのだそうだ。
「事務手続きの関係上、1泊ぐらいはさせられるのかな。」と覚悟していたが、これには正直驚いた。

私は面談室に戻り、父に「今すぐ、退院だって。」と告げると、すぐ後からケースワーカーがやって来て、「今、荷物出してきますね。」と言って倉庫に向かった。

私は、ダイニングルームの喫煙室に行き、一服しながらそこに居た面々に「今日、これから退院します。」と告げた。
「良かったね。」、「おめでとう。」等と皆は返してくれた。

ケースワーカーが荷物を持って来て、ダイニングルームの片隅のテーブルにそれを置いた。
私と父は、用意していた袋に、それらを詰め込み始めた。
『ひろさん』と『ゆきさん』が傍に来て、「何だか寂しいね。」なんて話をした。
私も、「そうだね、でも何時までもここに居る訳にはいかないから。」なんて答えながら、袋詰めの作業を終え、帰る準備が出来た。

私は、看護室に行き、「お世話になりました。」と挨拶をして、出口の前で待っている父の元へ戻った。

ケースワーカーさんが病棟の扉を開け、出る準備が出来た。
私が退院だという事を知って、仲良くなった患者の面々が、周りに集まって来た。
私は、「それじゃ、みなさんお元気で。お世話になりました。」と頭を下げると、隣に居た父も「お世話になりました。」とお辞儀をした。
皆は「それじゃ。元気で。」等と言って、手を振って、私達が去るのを見送ってくれた。

廊下を歩き、病棟を出る扉をケースワーカーさんが開け、我々は外に出た。
ケースワーカーさんに「お世話になりました。」と別れの挨拶をして、私と父は、敷地内の喫煙所に向かった。父も喫煙者なのだが、病棟内の喫煙室は外部の者が利用できないので、父は一服したかったのだ。

一服を終えると、タクシーに乗り帰宅した。
荷物を部屋に置くと、私は父に「態々済まなかった。」と言って、父も「とりあえずこれで用済みかな。」と答え、兄の家へ戻っていった。

こうして、私は無事(?)退院するに至ったのである。
しかし、これからどうしたものか、正直、先の事など全く分からないし、考えられない。
今はとりあえず、一人でゆっくりするしかなかった。


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