鬱病生活記

 表紙
 目次
 はじめに
 第一章

 第二章

 第三章

 第四章

 第五章

 第六章

第三章 鬱病者としての日々

1.閉じこもり生活

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【『統合失調症』のひろさん】

法律相談で得た情報により、私は彼からの手紙に関する返答など全くせず、返答期日の7月10日(金)を迎えた。
何だか昨日と今日は、朝の目覚めが非常に悪い。梅雨もそろそろ終わる時期なのだが、曇りで重苦しい感じのする日は、どうも調子が悪い様に感じる。(鬱病と天気はやはり関係があるのだろうか。)
この日も、午前8時頃には目を覚ましながらも、テレビを付け、レム睡眠状態で午前12時頃まで、床に埋もれていた。すると、私の携帯電話が鳴った。誰かと思い出てみると、入院中仲良くなった『ひろさん』からの電話だった。聞くところによると、現在外泊中で、家に居るらしい。どうやら暇をもてあましている様なので、事前に教えてもらった住所を確認すると、それ程遠くない場所に住んでいるらしかったので、私は、これから自転車で彼女の家まで行く事にした。
軽くシャワーを浴び、彼女の家へと向かった。電話では、「今から準備していくので、午後1時か2時くらいには、そっちに着くと思う。」と伝えていたが、実際に自転車を漕ぎ彼女の家の付近までたどり着くと、案外近い距離だったようで、1時ちょっと前に着いてしまった。自転車で、ほんの20分くらいの場所だった。

彼女の住んでいるアパートの前で、彼女に電話をした。すると、「今出て行く。」と言って、そのアパートの一室から彼女が出てきた。彼女は、覇気が無く、少し朦朧とした様子だった。
私は、近くの空き地に自転車を置いて、彼女のもとに向かった。お互い一通りの挨拶を交わすと、彼女は、「外に出たついでに自動販売機に行って飲み物を買う。」と言ったので、私も後からついていった。直ぐ近くの自動販売機で、千円札を入れ彼女がコーヒーを買うと、「あなたもどうぞ。」と勧めてくれたが、ジュース一本と言えども流石におごってもらうのも気が引けるので、「大丈夫、自分で買うから。」と言って、私は彼女がお釣りを取り終えた後、コーヒーを買った。やはり、彼女は気を使う質なのだろう。また、逆の立場なら、私も彼女と同じようにしただろう。専ら、精神病にかかる人の多くは、人に対する気遣いが強いのだろう。
その後、彼女に案内され、彼女の家へ入った。どうやら、彼女は両親と同居しているらしく、父親も母親も家の中に居た。私は、「お邪魔します。」と言って、家の中に入った。彼女の母親は、居間で背を向けたまま「はーい。」と答えた、彼女の部屋へ案内される途中、父親とも顔を合わせたので、「どうも。」と軽く会釈をした。彼女の父親は、私が入院している頃、何度か彼女に面会に来ていたので、お互い顔は知っていた。
彼女の部屋へ入ると、意外とこざっぱりしていて、綺麗とまでは言えない物の、居心地の悪くないところだった。事前に電話で話した時に、彼女は「私の部屋汚いけど。」と言っていたので、私は、ゴミが散乱している様な部屋を勝手に想像していたのだが、決してそんな事は無く、ちゃんと整理されている部屋だった。
私は、彼女に「なんだ、汚いって言うから、もっと酷い様子を想像していたけれど、全然奇麗じゃない。」と言うと、彼女は「そんな事無いよ。これ以上汚くなったら、もう終わりだよ。」なんて答えた。それから私は、「部屋の中でタバコ吸っても良い?」と聞くと、「全然、大丈夫。」と答えが返ってきたので、早速、私と彼女は、一服しだした。

お互いタバコを吹かしながら、自然と会話が出てくる。
私は、「病院はどう?」と聞くと、彼女は「もう最悪だよ。この前は、主治医が『6月には退院できます。』って言ってたのに、いつの間にか『7月中には退院できます。』なんて言うようになったし、そしてこの前なんか『たけのこ教室』に出るように勧められたんだよ。『たけのこ教室』なんて出たら、7月中に終わるはず無いでしょ。」と愚痴をこぼした。
彼女が言う『たけのこ教室』と言うのは、どうやら精神病との接し方を患者自身が学ぶ為、病院で毎週行われている勉強会らしい。
私は、「あの病院いい加減だからね。大体、確定してないなら『6月に退院できます。』なんて期待を持たせるような事を言うもんやないでしょ。ちなみに、私も病院が嫌になって脱走したんだよ。」と言うと、彼女はちょっと驚きながら「えっ、脱走したの。」と言って笑った。
私は続ける。「そう、ゴールデンウィーク中、私ずっと外泊していたでしょ。でも実は、午後の外出の際に家に帰って、『もう病院には戻らない。』って言って、親を通して外泊にしてもらったんだよ。」と言った。彼女は、「へぇ〜、知らなかった。私も脱走しようかな。」なんて言うので、「ひろさんは止めておきなよ。余計、入院期間延びるよ。私は症状が軽かったし、主治医が『とっとと退院していい状態だな。』って言ってたし、親も私の意見を尊重してくれたから出来た事だったんだよ。ひろさんの場合、症状が重いから止めておきな。」と答えた。彼女も「そうだね。」と納得した様子だった。
それから、彼女は「もう、薬を飲むと眠くなってしょうがないんだよね。病院に居る時は、朝昼晩に薬を飲んでは、殆んど寝てばっかりだよ。」と言った。私が、彼女と会った時に、彼女が朦朧とした様子に見えたのも、薬のせいで眠気を感じていたからだろう。こうして私と話していても、何だか眠気をこらえている様な感じを受けた。
私は、彼女に「今飲んでいる薬の種類とか分かる。なんか薬の説明の紙とか無い。」と聞くと、「病院にはあるけど、今ここには無いんだよね。ちなみに、今回入院するまでに飲んでいた薬はこれ。」と言って、以前服薬していた薬を出して見せてくれた。薬を見ると『デパ
ゲンR 200mg』と書いてあり、これを毎食後一回4錠飲んでいたという。入院前の通院時、それを、一回2錠に減らしても良いという許可が下りたのだが、薬を飲むと仕事が出来なくなると言う彼女の思いから、彼女は薬を飲むことを止めてしまったらしい。そして症状が悪化したのか、また、再入院(ちなみに彼女は、4〜5回程、入退院繰り返している。)するに至ったのだろう。私は、この『デパゲン』と言う薬が気になって、後で調べてみようと思い、手元にあった紙にメモをした。
これは、私の勝手な見解だが、彼女に対する医学的処置は、単に彼の破天荒な行動を抑制する為に、薬漬けにして何もできないようにしているとしか感じられなかった。私のような鬱病とは違い、『統合失調症』まで行くと、実は治す方法などまだ考えられていないのではないかと思ってしまう。実際、彼女が幾度と入退院を繰り返していると言うのに、これでも良くなったのであろうか?

それとなく、会話は、お互いの将来の事、退院してからの今後の生活の事について、話題が移っていた。私は、「とにかく仕事だよね。今、不景気で大変な時期だけど、なんとか仕事をしていかないといけないよね。」と言うと、やはり彼女も同じ問題を抱えているようで、「そうなんだよ。退院するのは良いとしても、それからがね・・・。」と呟く。私は、「病院なんて、薬出すだけで、別にその後の生活の事なんか気にも留めていないからね。これだけは、自分たちで何とかしなければいけないんだろうね。今は、私もそんな事をまともに考えられないけれど・・・」と愚痴をこぼした。ちなみに、彼女の家の様子を見てみると、こんな昼間だと言うのに両親は家に居るし、ひろさんはこんな状態なので、「どうやって今暮らしているの。生活保護?」と遠慮もせずに聞くと(ひろさんに対しては、とても気楽に接する事が出来るので、こんな普通なら聞けない事も、難なく訊ねる事が出来た。)、彼女は「そう、生活保護。」と、それ程気を咎める事も無く答えた。この家の状況を見ながら、「生活保護といっても、そんなに窮屈な生活を強いられる訳では無いのだな。」と感じた。だからと言って、彼女は『生活保護』の暮らしに決して甘んじているようでは無い。数年連れ添っている彼氏もいるので、何れは結婚を視野にして、自立していく事を考えているのだろう。ちなみに、その彼氏も、両親の介護が忙しく、まともに仕事などできない状況らしい。

私は「ここまで来たら、精神病仲間で、何か事業をするしかないかもね。」なんて言い出すと、彼女は「今は、古着屋とかが良いよ。」なんて言う。また、彼女の彼は起用らしく、服を作ったりできるとか。私はコンピュータ関係に強いので、「古着屋、オーダーメイドの洋服店何かをWEB上で始められると良いかもね。」なんて、半分空想の、そして半分はそれなりの希望を持って答えた。「そうだね、1人で出来る事なんて、たかが知れているから、皆で何かやれば、一発当たるかもね。」なんて彼女も、どこまで本気なのかは定かでは無いが、そう答えた。

そんな話をしている間、私はバカバカとタバコを吸っていた。その様子を見た彼女が「ヘビースモーカーだね。」と言う。私は、家でひっそりしている時など、それ程、タバコを吸わない。けれど、この様に他人と気楽に話せる状況になると、反射的にタバコに火をつけ、吸い続ける状態になる。この時は、5〜6本は立て続けに吸っていただろうか。私は、「何だか、ここに居るとリラックスしているせいかな、タバコが進むんだよ。人と話していると、ついついつ吸っちゃうのかもしれない。家で一人で居る時なんかは、そんな吸わないよ。」と、ありのまま心境を伝えた。
それにしても、彼女と居ると何だかリラックスできる。何故だろう、彼女はどうなのか分からないが、私は本当に彼女を“信頼”とでも言うのだろうか、何とも言えない共感が感じられ、とても心地が良い。

本当は、いつまでもここでダラダラしていたかったのだが、彼女宅にも迷惑だろうし、私も時間があれば社会保険事務所に行って、国民年金に切り替える手続きをしたかったので、午後4時くらいまで寛がさせていただいた後、彼女に「それじゃ、そろそろ行くよ。」と言って、彼女の家を立つことにした。玄関を出る時、「お邪魔しました。」と言うと、襖のしまった奥の居間から、彼女の母親の「はーい。」と言う声だけが返ってきた。彼女は、私を見送るついでに外に出て、何か買い物にでも行く様子だった。私は自転車を引っ張りながら途中まで、一緒に歩いたが、彼女が「良いよ、そろそろ行っても。」というので、「それじゃあまた。」と挨拶をして、私は自転車に乗り漕ぎだした。


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