鬱病生活記

 表紙
 目次
 はじめに
 第一章

 第二章

 第三章

 第四章

 第五章

 第六章

第一章 精神障害発生(鬱病)

2.自殺未遂に至るまで

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【突然の人生設計崩壊】

さて、そろそろ私が入院するに至った大きな要因である、大量服薬による自殺未遂までの経緯を説明せねばなるまい。

私は、現在、32歳だ。

大量服薬を行ったのは、2月24日の早朝。
私には、それまで半同棲状態も含め約7年間同居をしていた彼が居た。

彼と付き合い始めた頃は、私が彼の家へ通うような、半同棲生活をしていた。
そんな状況が約1年を経た頃、私の転職もきっかけで、一人住まい用の窮屈なアパートではなく、本格的な同居をすべく、3LDKの中古マンションを購入し移り住んだ。
転職直後の私では、ローンの借り入れなどできるはずもなく、マンションの所有者やローン契約等の一切は、彼の名義で行った。
彼を信頼しており、何れは結婚も視野に入れての行動だったので、名義がどうこうという事について、その時は何の頓着もしていなかった。
また、お互い仕事を持つ故、ローンの返済等の経済的負担は、等分に行っていく事にしていた。

それから、なるべく彼のペースに合わせた生活になるよう自分を変えていった。
彼好みの薄味の食事にも慣れ、歩くスピードの速さもを合わせ、舌の肥えた質の高い食べ物の味も知った。
今から思えば、それまでの自分はどこか置き去りにして、彼に合わせるべく努力していたのであろう。

このような関係が約6年続いたのであった。
(正確に言うと、今から約2年前に、1年間別居をしていた期間があるのだが、あまりそこら辺を語ると話が外れていくので、後述とさせてもらう。)

そんな彼から、別れの決定を言い渡されたのが、大量服薬の前日の晩の事である。
「あなたの事は好きだけれども、異性としては捉えられない。親兄弟のような感覚で大切な人ではあるが、結婚はできない。」
そう言い渡されたのであった。
これまで、結婚を前提に生活してきた私にとっては、突然崖から突き落とされたような気分になった。
それとなく、お互いの両親には挨拶をしていたし、相手方の両親も何れは結婚するのだろうと、私を受け入れてくれていた。

私は、このように長い同居生活は、彼がバツ1であった為、結婚という行為に慎重さを求めていたのだろうと考えていたのだが、どうやらそうでは無いらしかった。
要は、私に飽きていたのだ。

こうなってしまっては別れる他、仕方が無い。
別れを言い渡された翌日は、殆ど眠れなかったにも関わらず、自身の生活の為、何とか職場に向かい、落ち込んだ気持ちを抑えつつ、業務をこなし、帰宅した。
尤も、入社したての私には大して仕事も無く、定時にはとっとと帰る事ができた。


『入社したて』と書いたが、私はマンション購入時の転職からさらに立場を変え、フリーのシステムエンジニアとして生計を立てていた。
マンション購入直前の転職は、その会社での忙しさに疲弊し、また、会社の先行への閉塞感も募っていたから、とりあえずの繋ぎとして、派遣社員という立場でいろいろな職場を経験してみようという短絡的なものであった。
当然、いつまでも派遣社員でいるつもりはなく、もっと自由に、且つ、自分らしく仕事のできるように約2年間の派遣生活の後、フリー(自営業)のシステムエンジニアになったのである。

しかし、彼からしてみれば、自営業などという不安定な就業に対しては不満があるらしかったし、私もフリーでいるのは若い時の鍛錬の為という感覚もあったので、いずれ30歳過ぎくらいには、会社員として再就職し、就職先での環境に慣れて行ったら、結婚の話題を持ち出す腹積もりであった。(その事は、時より彼にも伝えてあったと思うのだが、彼の記憶には殆んど残ってないらしかった事を、別れ話の際に聞かされた。)

そして、転職活動の結果、2月2日に再就職先からの内定を承諾し、2月11日からその会社に行く事が決定した。

ようやく新しい方向へと進む意欲が湧いてきた時であった。


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