鬱病生活記

 表紙
 目次
 はじめに
 第一章

 第二章

 第三章

 第四章

 第五章

 第六章

第一章 精神障害発生(鬱病)

2.自殺未遂に至るまで

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【本当にバカだった私】

こんなタイミングで別れを告げられる事は、私にとっては、とても不満の残るものであった。
せめて再就職活動中に別れを申し渡されたのであれば、何も今のマンションから通勤する事なども考慮に入れず、いっその事、田舎で仕事でもしたいと考えていた節もあったので、なおさら何の相談も無しに、「このマンションは自分のものだから出て行ってくれ。」的な一方的な態度で別れを切り出された時は、絶望感でいっぱいだった。

彼としては、私の仕事が見つかってからの方が話を切り出しやすかったのかもしれない。
けれど、何の相談もなく、あまりに一方的なやり方に少し腹が立った。
私は、このマンションから通勤することを大前提として転職活動をしていたのだから。

別れを決定づけられた次の日、私は覇気も無く朦朧としながら彼より先に家を出た。そんな様子の私を気遣ったのか、彼はお昼頃「ちゃんと会社に行っているのか。」と問いただす留守番電話を私の携帯に入れていた。
「ちゃんと会社に行っている。」とメールで返事をすると、彼は安堵したとの旨をメールを返してきた。
そして、その晩は、お互いゆっくりと今後の事について話をする事にした。

彼が帰宅したのは、私より1時間ほど遅れての事だった。
しかし、落ち込みの激しい私は、彼とまともに話すことなどできる状態ではなかった。
何故こんなタイミングで別れ話を切り出すのか、前月には私の名義で持たせている携帯電話を2年契約で買い替えたばかりではないか。
そろそろローンの借り換えを考えようと、相談会に行ったのも1月中旬のことだったではなかったか。
彼は「以前からよくよく考えていた事だった。」と言うけれど、それにしてもこれまでの生活ぶりから、あっという間に一変するような態度をとるというのはどいうことだ。
私の頭の中ではその事がグルグルと回っており、彼の言い分を聞くことすらおろか、とても会話などする気分にはなれなかった。
結局、ろくに話もしないまま、その日は床に就いた。

しかし、流石に眠れる筈もない。
これまで私がとってきた行動が、彼を飽きさせ、離れさせていったのかと思うと、やり切れない気持ちになった。

面と向かって話せないならと思い、朝4時くらいだっただろうか、彼宛てにこれまでの思いを綴った未練たらたらのメールを携帯電話で作成し始めた。
如何せん、携帯でのメール操作は苦手なので、長々と書いていると、朝の6時頃になってしまった。
まだ、彼が目覚めるにはちょっと早い時間なので、「彼の寝ているすぐに横にある携帯が鳴りだしてしまってはまずい。」と考え、彼の携帯と自分の携帯を持ち、トイレに入って送信した。
しかし、彼の方に受信の着信が来ない。
何の気なしに、彼の受信メール欄を見ると、職場の例の異性の同僚から、「あなたの事を好きな私が・・・」という内容が書かれているメールが直近に届いていた。

それも別れの決定を下した2月24日の日付。
それに対して彼の返事は、これまたすぐに返したものと見えて「もうすこしです。待っててください。」との事。
つまり、彼は職場の同僚から愛の告白を既に受けていて、気持ちがそちらに傾いたから私との別れを決定した、そう言う事なのだ。


『例の異性の同僚』と書いたが、この相手というのが非常に出退勤の悪い人物で、当日の朝の電話連絡で午後出社に変更することは当たり前、調子が悪ければ今日は休むと連絡するようなおかしな人物であることは、彼から日頃聞いていた。
「よくクビにならないな。」などと私と話をしたこともあった。

1月の半ばぐらいであろうか、その相手に対して“相談”と称して、彼は夜中に自室に籠り、長電話をするようになっていた。
そして徐々にその回数と時間は増えていった。
ある日、仕事で忙しく帰宅の遅かった彼が、深夜0時過ぎから3時までそんな電話をしているものだから、私は、寝床に戻ってきた彼に「常識的に可笑しいんじゃない?」と問いただすと、なんと、彼は私の質問には一切答えずに「別れよう。」と切り出す始末。
これは正式に別れを言い渡される前の出来事だが、私が転職の内定を受諾した次の日、2月3日の夜の事だった。

彼は「別れよう。」と言ったあと、呆然とした私を尻目にすやすやと眠りについた。

「また誰か他の人が好きになったから、そっちに行きたくなったんだな。」と直感した私は、その日はどうしても眠ることができなかった。
そして、少しアルコールを飲んで気を紛らわせるつもりが、どうやら悪酔いしたらしく、吐きまくって、早朝、酸欠状態で救急車に運ばれる事態を起こしてしまった。
彼は、午前中の仕事をキャンセルして付き添ってはくれたものの、その日の夜も、その相手との電話は欠かさなかった。
その時、さすがに耐えきれなかった私は、「もう裏切らないでほしい。」とメモ用紙に綴って、電話中の彼に手渡した。
電話相手は、その時彼に同居人が居ることを初めて知ったようだった。
彼は、「籍を入れていないので独身だから、恋愛は自由だ。」という感覚で、行動していたのだろう。

ちなみに、前述に1年間の別居生活があったとふれたが、この時も彼が他に相手を見つけ、それを私に隠していたのであった。
当時、彼は一方的に「一人になりたいから別居したい。」と言って聞かなかったので、私としては訳も分からず、「同居状態が窮屈なら彼の為にも仕方がないか。」との思いで別居生活に同意した。
だが、彼は私に隠れて付き合っていた相手に単に遊ばれただけで、行きつく先もなく、別居後直ぐに、私のもとへ戻って来るという結果になった。
そして、彼はその出来事もきっかけとなたのか、約一年間、『鬱病』として精神科に通院して投薬を行っていた。
その間、別居をしつつも彼からくる毎日の電話にも付き合い、そんな電話の中で「実は他に好きな人ができて…」などという懺悔のような告白も受けたりしていた。
そして、毎週土曜日は彼の精神科への通院に付き合い、そのまま彼のマンションに泊まるような生活を続けていた。(ただし、別居と言っても、表向きにはフリーエンジニアの仕事場として賃貸マンションを借り、私の住民票は、彼のマンションに登録したままであった。)

そして、別居生活は約一年で終わり、その後、元通り彼のマンションで私は暮らすようになっていたのである。

でも、今から思えば、彼の『鬱病』はそれほど深刻なものでなかったのではないか?
鬱病期間中に、彼は給与待遇も労働条件も良い現在の会社に転職し、病院で診察を受けるとき以外は、そんなに暗い表情を見せる時もなかった。

また、診断が下ってから10ヵ月程度後の話になるので、単に症状が回復しつつあっただけとも考えられるが、彼が転職活動中の冬の事だったと思う。
雇用保険で生活をつないでいた彼は、せっかくの良い期間だからと言って好きな海外旅行に行きたいと言い始めた。
フリーのシステムエンジニアで時間の都合をつけやすいという側面もあり、私もその旅行につきあった。(なお、フリーといっても私はちゃんと仕事を確保し、経済的に彼に頼るようなこともなかったので、旅費はもちろん自分の分を出した。)

実際に、私は今、『鬱病』と診断され入院しているのだが、とても旅行に行く気分などならない。(これは退院後、実感したことだが、人のいるところに出向くのはとても億劫になるし、混雑したスーパーなどに入ってしまった時は、動悸が激しくなりとてもイライラして落ち着かない。レジで待たせられる時なんかは最悪だ。)」
本当に彼は『鬱病』と言えるほど深刻な状態だったのだろうか。
ただ、意中の相手にに遊ばれて傷ついただけではないかと、今にこの病気になってみて初めて思う。(私も人の事は言えない立場だが。)


さて、「もう裏切らないでほしい。」とメモを渡した次の日、メールで彼はきっぱりと私に告げた。
「電話相手は鬱病の傾向があり、私自身鬱病の経験があるから、なんとか通院してもらうように説得しているだけで、男女の関係は一切ない。」というものだった。
そして、「別れよう。」と言ったことについては、「あなたを異性として見られないのでセックスもできない。また最近子供が欲しくなった。何かこんなきっかけでもないとやっぱり結婚はできないかもしれない・・・。」と話をするので、「私の子では嫌なのか?」と聞くと「そんなこと全然ない。」と彼は即答。
「もし迷っているなら結婚にしようよ。」と私が持ちかけると、彼は「しばらく考えてみる。」と返答し、その時の話し合いは結論付かぬまま終わった。
私はこの時、彼が本格的に前向きに結婚の事を考えてくれていると思っていて、どちらかというとその希望にすがっていた。

こんなやり取りで、私はあっけなく騙され、その後も彼とその相手との深夜の電話は続いていった。私は彼の言葉を信じ、それを黙認していた。

でも結局、そんな長電話の中で相手から告白され、おそらく彼はそれになびいたのであろう。
1度ならずも2度までも、こんな形で裏切られ蔑まれたやり切れなさ、そして、今まで彼の鬱病時代も含め支えてきたつもりだった自分のばからしさに、私の中の何もかもが崩壊した。


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