鬱病生活記

 表紙
 目次
 はじめに
 第一章

 第二章

 第三章

 第四章

 第五章

 第六章

第一章 精神障害発生(鬱病)

4.精神病院の中

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【積極的に入院の準備をする私】

この日の午後は、ちょっと家に戻り所用を済ませる予定にしていたので、忙しかった。
この病棟の規則で、外出可能なのは、12:30〜16:00の3時間半。
午前中も外出可能なのだが、昼食は病院で召し上がらなければならなかったので、午後の時間帯に家に行くことにしていた。

昼食後、予定通り迎えに来た父と供に、今や仮住まいとなったマンションへ向かった。
病院から家までは、タクシーで40分程度かかるので、帰宅したのは13時をまわっていた。
シャワーを浴びる事と、帰りの移動時間を考えると、15時までには事務作業を終えたい。
「残り1時間半くらいか。」
そう確認した後、早速、作業を開始した。

まずは携帯電話のチェック。
大量服薬等の事のあらましを伝えていた彼の妹から、励ましのメールが来ていた。
また、同居していたこのマンションの処理について、入院前に私からしてあった提案に対する彼からの返答メールが来ていた。
私は彼に対して、「マンションは売ってしまおう。そして、資産や負債は等分しよう。それが嫌であれば、他に解決策を提案して下さい。」という旨の処理方法を伝えていた。
それに対する返事として、「マンションは売りたくないです。私は、まだ暫くそこに住みたいです。検討いただけませんか?」と彼から来ていた。
「検討いただけませんか?」という曖昧な返答に対して理解し兼ねた私は、彼の妹へ「私の案に賛成できないなら具体的な解決策を提案して下さい。」と彼に伝えて貰えるよう付け加えて、励ましのメールに対する返信をした。

次は、PCメールのチェック。
会社から退職手続の資料を送ったとのメールが来ていた。
重要そうなものは、これだけ。
入院して数日間家を空けている間に入っていたメールは100通程。
その殆どがメルマガやダイレクトメールであり、これまでの日々、如何に虚しい情報化社会に馴染んでいたかが良く分かった。

携帯メールの操作が苦手なせいもあってか、ここまでの作業で既に時間は14:50。
随分時間がかかってしまったと思いながら、急いでシャワーを浴び、タクシーを呼んだ。
入院中の暇つぶしツールを色々準備したかったのだが、時間が無くなっていたので、「また明日来れば良い。」と考え、高校時代に愛読していたが既に内容をすっかり忘れてしまっている、夏目漱石の単行本『こころ』だけを本棚から引っ張り出してバックに入れた。
この時、もう15:20になっており、慌てて外に出ると、丁度、迎えのタクシーがマンションの入り口に到着したところだった。
タクシーに乗ると、行き先を告げ、病院へと戻った。

16:00、目一杯の外出可能時間を利用して病棟に戻ると、午前中に干していた洗濯物の取り込みをし、ようやく一息つける状態になった。

とにかく何か予定があると落ち着かない。
非常にそわそわして動きがバタバタと慌ただしくなる。
心に余裕が持てないで、「次はあれ、その次はあれ。」と頭に浮かんだ事に手をつけなければ、どうしようもなくなる。
特に、時間に押されている時は、とても緊張する。
これが私の病状の一種なのだろうかと、半信半疑ながら考えた。
私は、所謂『鬱病』と病名をつけられたが、実際、そうなのかは納得していない。
主治医も、入院時の診断の際に「現実のところ、鬱病というのがどういうものなのかちゃんと分かっている訳ではないのですがね。」と呟いていた通り、未だ『鬱病』というものがどこから来るのか、どういうものなのか、医学的にハッキリと解明されている訳ではない。
医師によっても、特に経験的豊富である医師であれば、この病に対する態度は異なることであろう。
私は、同居していた彼が『鬱病』と診断された時に、何種類かそれらに関する本を読んでおり、知識として、現在はアメリカ精神医学会発の診断マニュアルによって『鬱病』かどうか診断を下す事、多種多様な症例があり典型的な『鬱病』以外にも症例がある事、偽れば医師に対して『鬱病』のように振る舞い診断を得られる事等、それなりの事は承知していた。
そんな生半可な知識があるものだから、客観的に自分を診察し、本当に『鬱病』なのか疑問に思っていた。
ただ単に、彼に離れられたショックで、落ち込んでいるだけではないのかと。

一息ついて、そんな事を考えてみたが、今の入院している状況を変えられる訳ではない。
バタバタして疲れてしまったので、皆とのコミュニケーションは止めて、ベットに寝そべり、持ってきた『こころ』に目を通し始めた。


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