鬱病生活記

 表紙
 目次
 はじめに
 第一章

 第二章

 第三章

 第四章

 第五章

 第六章

第二章 精神病院での入院暮らし

1.精神病院生活記

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4/24(金) 7:00頃

【復讐と未練】

私の心は、まだ、生きる事に対して前向きに歩を進めさせてくれないようだ。
昨日の食事は、全て四分の一程度しか手をつけていない。
そして、今日もそれが続くだろう。

頭で考える“復讐”と、胸の奥底に小さく、しかし、強く光る“未練”との葛藤が、そうさせるのだ。
私は、この“未練”を断ち切り、前進していくべきと、客観的に判断している。

しかし、この“未練”の力は強い。これまでの私の行動も、巧みに自身の頭脳を操り、“未練”が命令しているとも捉えられる。

だが、この“未練”の灯が消えた時、果たして歩を進める事が出来るのだろうか。
正直言うと、その自信は無い。この灯が吹き消された時、そこに絶望だけが残り、私を動けなくさせてしまうのではないかと。

昨日中に『こころ』を読み終えた。漱石先生は、何処に行き着き、未完とも言える状態で筆を置いたのであろう。色々な評論家や研究が既に述べている事なのだろうが、『こころ』は今時で言えば“鬱病”の行きつく先を暗示している。単純な者がこの書を読むと、「単なる鬱病者の話だろう。」で終わってしまう。登場人物である、“K”も“先生”も。
残念ながら、こんな時代だから“鬱病”等と言う病名だけが先行し、皆がその本質を理解せず誤解している世の中、『こころ』は、もっと深く“精神病”について考える切っ掛けになるだろう。“鬱病”とは、現代社会故に出てきた病気では無い。寧ろ、現代日本社会では、“鬱病”や他の“精神病”を体験していない者が多すぎる故に、これを病気だと勘違いするのだ。
『こころ』の主人公は、“先生”から“心臓を破って、その血をあなたの顔に浴びせかけ”られた。そして、主人公はどう変わっていくのか。残された“先生”の奥さんは、どう生きていくのか。漱石は、その明晰な頭脳を持ってしても、きれいに纏める事の出来ないテーマに首を突っ込んでしまったのだろう。自らの経験も元にして。
これは、“鬱病”をどう片付けるかに似ている。“死”という選択も、その中にある事は否定できない。しかし、漱石自身は“死”を選択してはいない、他の著名な文筆家達と違って。
矛盾しながらも、漱石には生きる為の何かが見えていたのだろうか。
そして、私にもそれが見つかるだろうか。



4/24(金) 11:00頃

【何故生かす?】

ここは、生ける屍達を囲う檻の中。残酷だ。決して手に入れる事の出来ぬ物を求める者達が、それを手放せず、立ちすくみ、狂う。
私が独房を出されるようになった2日目。皆の中に入る事を億劫に思い、看護師に「行きたくない。」と請うた時、私は、「ここに居る者達が回復する割合は?」との問いもかけていた。
「五分五分です。」
これがその看護師の回答。恐らく本心であろう。私もこれまでの生活でそう実感するに至っている。
しかし、そうだとすれば、自ら死ぬ事すら求める彼女達は、何故、生かされ続けられるのだろう。
それを割り切らねばならぬ事を承知しながら、私は、同じ問いを頭の中でグルグルと泳がせ続けている。



4/24(金) 15:00頃

【有難迷惑】

今日は、『おやつ』がある日だ。
ダイニングルームに皆で集まり、一斉にまたパンにでも噛り付くのだろうか。
そう思っていると、今日な何だか特別な『おやつ』らしい。皆が、「今日はピザが食べられる。」なんて噂を言っている。
時間になり、皆がダイニングルームに集まると、看護師達も集まって、「今日は特別に、豪華なおやつにしました。日頃外に出られない皆さんに、いつもの食事と違った物を味わって、喜んでいただけると幸いです。」
そんな堅苦しい挨拶を済ませると、かなりの量がある宅配ピザが出てきて皆に配られた。
しかもサイドメニューとして、ポテトとドリンクまである。
私は自由に外に出られる身だったので、特に珍しいものでもなかったが、患者の中では、本当に感激して食べている者もいる。
看護師達が、皆の周りを歩きながら、「おいしい?」なんて聞いている。
「何か、偽善っぽいけど、喜んでいる人もいるので良いか。」と思いながらも、私には別の問題があった。

彼が女性宅から出てくるのを目撃して以来、私は、ろくに食事をとらないようにしていた。
(これは、一種の自傷行為なのだろうか?)
それがこの一食分以上のカロリーはあるだろう『おやつ』を前にして、その行為の遂行を阻まれた。何せ、看護師自ら「今日は特別。」と言って、辺りをうろうろしながら様子を見ているものだから、食べ残すわけにはいかない。
普段の食事は、全ての器に蓋があるものだから、誰がどの位食べたか分からないようになっているし、第一、看護師がそこまで目を光らせていないので、これまで、順調に計画は実行されていた。
そんな時に、これである。私は仕方無しに、残さず全て食べてしまった。栄養失調計画は失敗である。「何でこんなめったにない事が、タイミング悪く今日あるのか。」と思いつつも、これも何かの定めだろうかと諦めるしかなかった。



4/24(金) 16:30頃

【流石にビックリ】

タバコ部屋でくつろいでいると、顔をびしょびしょにした『ひろさん』が、扉を開いた。
「顔でも洗っていたのかな。」と思っていると、『ひろさん』から一言、「泣いちゃった。」
私は、俄かには信じられなかった。あれが涙の量だとすると尋常では無い。
しかし、彼女の素性を知る私は、直ぐに「彼女が泣くとこうなるのか。」と納得した。
彼女は喜怒哀楽が全て激しいと考えていたが、改めてその様子を前にすると、更に深く、彼女の正直で素直すぎる尊さを感じた。

彼女は私に向って続けた。
「彼から手紙が届いた。あっ、今持ってくるよ。」
そう言い放つと、その場を後にした。

私は涙の理由を、良い方にも、悪い方にも予測した。
もし悪い方なら、何と声をかければ良いのやら。そんな不安を胸に思案していると、彼女が再びやって来て、「読んで良いよ。」と私に手紙を渡してくれた。

私は、それを開くや否や、先の不安が的中しなかったことに安堵し、声を上げ、それを読んだ。

彼女は、彼に「統合失調症である」と言う事をカミングアウトしていたらしい。
そして、彼女が入院した事を知った彼は、とても温かく彼女に負けないくらいの正直さで、彼女を愛しんでいる事を伝える内容だった。

一通り文面を読み終えると、彼女の肩をポンポンと二回叩き、私は「良かったね。本当に良かった。」と呟くように声をかけた。

私は、本当に心から、彼等の幸福を祈った。
彼等ならきっとうまくいく。どんな病気も乗り越えて、今まで困難だった事を糧にし、それ以上の幸せを掴んでくれる。
そう願わずにはいられなかった。



4/24(金) 20:00頃

【2度目の外泊決定】

今日の主治医の診察の結果、2度目の外泊が許され、早速、明日からまた2泊の外泊となった。
診察時、私の態度は、常人のそれに映ったらしい。
前回の外出許可が出た時も、「もう退院しても、問題ないかも。」と言ってくれる程だったので、この外泊許可は、当然出るものである事は承知していた。

ただ、この類の病気は、数日で判断できるものでは無いらしく、この様な度重なる外泊という行事を経てから、退院の判断をするらしいのである。

今回の外泊終了後の診断では、退院を言い渡されるに違いない。

退院が近付いた心地よさと、薬を飲んだ直後の安定感もあって、診断終了後に行ったタバコ部屋では、快談を行えた。

快談の際、そこに居た『ひろさん』が、何の話の展開かは分からなかったが、「一歩一歩経験しながら前に進んで行くんだよ。」と他に居合わせた者に、励ましととれる言葉を投げかけていた。
その言葉を耳にした私は、チクリと胸を刺された様だった。
まさに、今私のやらねばならぬ事、行き先を暗示させられたのである。
「経験しながら、一歩一歩前へ。」
私の心持は、今、決してその様になっておらぬが、それが確かである事は、当然の如く理解でき、少し心持が安らいだ。

「経験しながら、一歩一歩前へ。」
それを心得え実践するまでには、まだ、私には時間が必要なのであろう。


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