鬱病生活記

 表紙
 目次
 はじめに
 第一章

 第二章

 第三章

 第四章

 第五章

 第六章

第二章 精神病院での入院暮らし

2.現実への対峙

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【『ゆきさん』発見】

病院に戻ったのは、午後3時頃。
病院へと続く並木道を抜け、いつものお気に入りの喫煙所で一服しようと歩を進めると、その近くで、同じ病棟仲間達が、何やら運動させられている。

私の居る病棟は、『閉鎖病棟』と言うところで、許可の無いものは勝手に外に出られない。
今日は天気が良い事もあってか、看護婦さんや作業療法士さんが付き添って、作業療法の一環として、病棟の仲間達を外で体操させているのであった。
私と目が合った幾人かには、「外泊から帰りました。」と告げ、私は喫煙所に入り彼等の体操を見ながらタバコを吹かしていた。「外に出られない者達にとっては、精神衛生上良い事だろうな。」と単純に考えながら眺めていた。

ちなみに、私は入院中、この『作業療法』と言う物に誘われたことはなかった。
尤も、始め作業療法士さんの女性と会話をした時、私が「この仕事は長いんですか。」と問いかけ、「ええ、5年くらいになります。」と彼女が応え、「じゃあベテランですね。」なんて真人間のように応対したものだから、また、私の病状が軽いものとの情報も得ていたのだろう、彼女は積極的に私を作業療法につき合わせようとはしなかった。

不図見ると、体操をしている患者達の中に『ゆきさん」』が居た。(以前、『ゆきさん』を見かけなくなった時があったが、どうやら『保護室』に詰められていたらしい。)
『ゆきさん』は、体操も一通り終えたところで、タバコを吸っている私に近寄ってきて、「タバコのにおいを嗅がせて。」なんて言う。(まあ、病棟内でも良くせがまれていた事だが。)
「匂いを嗅ぐだけだよと。」言って渡すと、「うーん、良い匂いしないね。何これ。」というので、「コーヒー味のタバコ。子供には分からないかな。」なんて事を言ってあしらった。
予想していたことなのだが、次に『ゆきさん』は「吸わせて。」と言う。
ここが学校の隅の体育館裏なら一口ぐらい吸わせてやっても良いのだが、看護師さん達が居る場でそんな事できる訳はない。
「これは大人しか吸えないから駄目。」と断ると、また、『ゆきさん』は、皆のいる方へ戻ってい行った。


【看護師の対応に怒った事】

彼等の体操も終え帰る様子だったので、一服を終えた私もそこに合流した。
そして、この前ちょっと諍いを起こした看護師に対して、肩をポンポンと叩き、「この前はちょっときつい言い方して済みませんでした。」とそれとなく言うと、向こうも「意思の疎通がうまくいかなかったみたいで、すみません。」との言葉を返した。

実は、私が外泊する前、看護室とのやり取りで、かなり頭に来た事があったのだ。
この病棟では、有料の洗濯機と乾燥機が置かれている。
お金はナースステーションに事前に渡しておいて、預かり金として管理されている。
それを、洗濯の都度、看護室から100円玉で渡されるようになっている。

ある日、私が「洗濯機と乾燥機を使いたいので、400円下さい。」と申し出ると、ある看護師かケースワーカーが、「とりあえず、洗濯機の100円を渡すから、乾燥機の300円は、また後で取りに来て。」と言われたので、それに従った。
そして、洗濯が終わると、看護室へ「乾燥機の300円下さい。」と言いに行ったのだ。その時、最初に対応してくれた人が、前述の諍いを起こした看護師。
何か小銭を管理しているらしい缶の蓋を開けると、「あっ、100円玉切らしている。今はもう事務所が閉まっているから両替は無理ね。」と、こちらも見ずに答えたのであった。
「だったら私はどうしたらいいの?」と思い相手の追加の返答を、ぽかんとしながら待っていると、何も答える雰囲気が無かったので、「私はどうしたら良いのですか。」と訊ねた。
すると「今日は無理。」と言い放ったのである。

そこで、私はカチンと来たのだ。
「両替の都合とかは今始めて聞きました。事前にそう言う事があるのであれば、言っておくべきではありませんか。そもそも、最初に私は、洗濯代と乾燥代を合わせて400円くれと言ったのに、乾燥代の300円は後に来てくれと言われて今来たんですよ。それなのにその対応はなんですか!」
本当に理屈っぽい私だが、まあ正論であったのだろう。その場に居合わせた他の看護師だかケースワーカーの方が、別のところから300円を出し、私に手渡してくれた。
それはそれで良いのだが、最初の看護師の態度が気に食わなかったので、「あなたの対応はおかしいですよ。」との旨で叱ると、仏頂面で「そうですね。」と返してきた。
「『すみません』とは謝らないんだ。」と思いながら、私はその場を立ち去った。

どうも、私は理不尽な事があると、簡単に流せる質では無いらしい。(主治医から言わせると、ここが理屈っぽいところなのかもしれない。)


さて、作業療法の体操を終えて病棟に戻る彼等に、外泊帰りの私が合流した話に戻る。
一緒に病棟まで帰る時に、『ゆきさん』に「手をつなごう。」と言われたので、一緒に手をつないで病棟まで戻った。子供と手を繋いで歩くなんて、よくよく考えてみたら、これが人生で始めてだったかもしれない・・・。

昨日の彼との結論の付かなかったやり取りの事は、ここに戻ってくると、幾分忘れる事が出来ていた。少なくてもこの時は、天気同様、晴れやかな気持ちであった。


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