鬱病生活記

 表紙
 目次
 はじめに
 第一章

 第二章

 第三章

 第四章

 第五章

 第六章

第二章 精神病院での入院暮らし

3.精神病院から脱走

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【病院には戻らず外泊継続】

今日は、5月3日(日)。私が勝手に病院から出て外泊扱いになり、その外泊の終わりの日で病院に戻らねばならない日だ。16:00には、戻る様に言われている。

私を病院に戻す為、両親が午後にやって来た。

暫く、両親は無言のまま、私の生活ぶりを見ていた。
私は、洗濯や食事は、自身で予定を立てて、それなりに遣り繰りをしていた。
「今日は病院に戻る日。」と念等に置いていた為、食料も今日丁度無くなるように調整していた。

しかし、どうにも病院に戻る気にわなれない。
毛布を被り、ソファーに横たわっていると、父が口火を切る。
「病院に戻らないとならないよ。」
もちろんそれは分かっているし、病院に戻れるように、それなりの準備もしていた。
だが、どうも気が向かない。
私は、主治医にお願いしていた事が、何故手配されていなかったのか、それがどうにも許せなかった。
父の言葉を聞くも、病院に戻る気持ちにはならなく、特に返答もせずに、ボーッとしたまま、ソファーに蹲っていた。

母は、ベランダの植木を見て、「ちゃんと育っているね。」と別の話題を切り出す。

暫くの沈黙を経て、私は、「病院に戻らない。」と呟いた。
さらにその理由として、「主治医に頼んでいた事が無視されたままなので、まずはそれについて説明を聞くまで戻る気はない。」と告げた。

父は、「そんな事言っても・・・」と困惑気味だったが、母が、「ようするに戻る気は無いという事だね。」と私の意見に付け加えた。

それならと言って、もう一度病院に掛け合ってくるように母は父に助言した。
父もある程度納得した様子だったが、どこか小心物である父は、また同じような掛け合いに行くのが億劫らしく、「俺一人で行くのは心もとないから、母さんも一緒に来てくれ。」と母に頼んだ。

母はそれを了承し、父と母が、また、病院に掛け合いに行った。
「要は、私は主治医と直接話をするまで戻る気は無い。」と言う、私の主張を代弁しに行ってくれた。


数時間すると、両親が戻って来て、先生が診察に来る5月8日(金)まで外泊するとの事で、手続きをしてくれたて来た。
病院で対応してくれたのは、年配の看護婦さんだったと言う。
とても丁寧に応対してくれたらしい。

私は入院中から、他の患者と違って、まともに話ができる状態である事は、これまでの入院生活で看護師達も理解していたらしく、難なく外泊の許可が出たのだろう。

そんな訳で、私はゴールデンウィーク中、強制的に外泊する事に成功した。
そして、金曜日に主治医に会ったら、何故私の要望が聞き入れらなかったのか、強く攻めるつもりでいた。


変な形になったが、両親はこれで用事が済んだので、明日から仕事のある母は故郷に帰り、父は、また兄のもとへ戻っていった。

私は、「なんて迷惑をかけているのだろう。」と、心苦しい思いをしながらも、今は、自分の我が儘をを押し通す気持ちの方が強かった。
本当に、両親には、心配をかけ、手間をかけ申し訳なく思っている。


【独立心とは裏腹に…】

私は、高校生頃から、親から独立する事を、強く願望として持っていた。
だから、大学時代、気ままに趣味のバンド活動をしたり、適当にバイトをして好きな物を買ったり、夜中は徹夜でカラオケしたり、色羽目を外して遊んでいた部分は多々あったが、最低限4年で卒業し、就職する事を一番重きに置いていた。
その為、1〜2年生ぐらいまで自由奔放に遊んでいた分、3〜4年生で必要な単位を取得し、就職活動もし、何とか卒業までこぎつけた。

新人として会社に入ってからは、しきりに仕事を覚えようと努力し、2〜3年後には会社でもそれなりに認められ、本当に親から独立できている自分に、充実感を持っていた。
そんな中、下手に中小企業で優秀者と認められると、あらゆる仕事が舞い込んでくる。
私も若く、息の抜き方を覚える前に、仕事の多忙さ、責任感の重圧に耐え入れず、3年ちょっとでその会社を止めることになったのだが、それでも仕事は確保し、親に面倒をかける事はしなかった。
フリーのシステムエンジニアに転職してからは、「それなりの親孝行でもしなければ。」等と考える余裕すら感じていた。

それが今ではどうである。
完全に『ニート』状態へと転落してしまっているのだ。
両親は「今は病気だから。」と温かい目で見守ってくれている。
しかし、それに溺れ堕落していきそうな自分が怖い。

第一、精神病院に入院履歴のある者が、そう簡単にまともな仕事に就くことはできないだろう。少なくても、これまでのようなそれなりに高給のシステムエンジニアとして働くことは難しい。
それに、システムエンジニアは、とても精神的にタフでなければ勤まらない事を実感していたので、その道に戻る事など、今の私の状況からすれば、夢物語のような話である。

これからどんな仕事をして、自立いしていくか、これが私の悶々とした悩みだ。


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