鬱病生活記

 表紙
 目次
 はじめに
 第一章

 第二章

 第三章

 第四章

 第五章

 第六章

第二章 精神病院での入院暮らし

3.精神病院から脱走

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【病院に戻ると、また外泊!】

だが、今、私は転落してしまった。
これまで、あれだけ「親の世話になるまい。」と思うと同時に、親への育ててくれた感謝の思いから「そろそろ親孝行したいな。」と考えていたのに。

こんなことで私は挫折し、あれだけ拒んでいた親からの援助を受け、望んでいた独立生活とは程遠い所に来てしまった。

今は所謂『ニート』である。
職も無くし、親からの仕送りで生活を賄っている。
尤も、彼が出て行ってしまったマンションに今だ居座っていて、彼名義のローン返済や水道光熱費などは支払っていないので、慎ましやかに暮らしていれば、それ程、お金はかからないのだが。


そんな状態で、外泊の締切日である5月8日(金)を迎えた
私は、ようやく主治医の診察がある事を糧に、病院へと戻った。

病棟に入ると、皆が私を暖かく向かい入れてくれ、「今までどうしていたの。」と問いかけてきた。私は、「外泊してた。1週間近く長いものだったけど。」と答えた。

暫くすると、主治医がやって来て、診察が始まった。診察の場には、父も同席した。
主治医は、これまでと違って硬い表情をしている私に向って、「どうしたの、今日は何か表情が硬いね。」と問いかけてきた。
私は「あなたに随分前に頼んだ事が、ちゃんと看護師に伝わっていなかったらしく、そんな扱いに腹を立てていたのだ。」と心の中で思っていたものの、主治医にはその件で私が怒って強制的に外泊をした事が伝わっていなかったらしい。
両親が、私が病院に戻るのを嫌がっているのを説明しに行った時に、何故私が病院に戻る事を拒んでいるかと言う理由の一つとして、この事は伝えている筈なのだが、どうやら主治医の耳には入っていのだろう。
本当にこの病院は、その場しのぎで、報告や連絡の体制は、ずさんなのだろう。

私の態度が強張っている事にキョトンとしている主治医に対して、私は、「以前頼んでいた書類について、私が申し出るまで、看護師達が知らなくて、無視されていました。」と言うと、主治医は、「あっ、看護師に伝えるの忘れていたかもしれない。すみません。」と漂々と答えた。
この頃は、私の怒りも治まっていたし、希望していた書類は入手できていたので、特に主治医を責める気など起こらず、寧ろ自分の非を素直に認める主治医の態度に納得と信頼を憶えた。

この主治医は、裏表なく本当に自然体で患者に接しているようだった。特に気を張る事も無く、間違えた時は「間違えた、すみません。」と当たり前のように認める質なので、変な話だが、付き合いやすかった。


今の世の中、殺伐としている物で、私が関わっていた仕事なんかでは、こんな初歩的ミスを犯した場合は、「いったいどう始末をつけてくれるのか。」と責め立てられる事などしょっちゅうだった。マスコミなんかもそんな風潮だろう。何かの落ち度があれば、必要以上に殊更大げさに責め立てる。
でも人は、忘れたり、間違えたりするものなのだ。今の日本の人々は、もっと物事の経緯や背景を考慮して、ある程度寛容になるべきだと、このところ常日頃感じている。


ともかく外泊時の状態や、診断時の様子を見て、主治医は退院を決定した。「明日、退院にしましょう。でも、通院はちゃんと来て下さいね。なんだか今日の様子だと来なくなっちゃいそうな気がしますから。」と言ってくれた。

とりあえず事務的な内容に結論が出て、私は主治医と、同居していて今は他の女の所に居る彼の事について話をしたかったので、父に席を外してもらった。
そして、私は主治医に、「何でも5月11日(月)に彼が、先生に会いに来る予定を入れていると聞いていますが。」と問いかけた。

そう、私は外泊中に何度か彼とメールでやり取りし、今後の別れ方を話し合おうと掛け合ったのだが、彼は「あなたの主治医に病状を確認してから話し合いの場を持ちたい。」と返答して来ていたのだ。

その事を主治医に伝えると、主治医は「ああ、そう言う予定が入っていましたね。」と答え、私は彼の言っている事が確かな事を確認し、診断を終えた。

私は明日退院する事を病棟の仲間に伝えると、最後の夜だから色々皆と話をしようと思っていた。そして、入院着に着替え、タバコ部屋で寛いでいると、看護師に呼ばれた。

看護師は、唐突に「今日から12日まで、また外泊して下さい。」と告げてきた。
私は、折角皆と最後の夜を楽しもうと考えていた時だったので、がっかりした。
でも、何故退院日を伸ばしたのかは、直ぐに理解できた。彼が11日に主治医と面会をするので、その面会の後に私が退院するように計らったのであろう。

折角皆に「明日退院。」と触れ回ったのに、それを訂正して、「また、今日から外泊だって。そして、外泊明けの12日に退院の予定。」と、また皆に伝えた回った。
入院着に着替えていたのに、再度、来た時の装いをした。

急遽の外泊となった為だろう、私と父は、看護師に「外泊の準備をするので、暫らく待って下さい。」と言われ大分待たされる事となった。

小一時間ぐらい待っていただろうか。
私はのその間に、皆に父を紹介したり、皆と「名残惜しいね。」と言う旨の話をしたりして、過ごしていた。

看護師が手続きを終え、外泊中の薬を持って来た。
私は、再度皆に別れを言って、父と供にマンションへと戻った。
途中でスーパーに立ち寄り食料を買い込んだ。
マンションに戻ると、一人で居たい私は、父に兄のもとへ行ってもらう事にした。

結局、私が強制的に病院を出てから、外泊と言う扱いの下、事実上、退院生活をした事になる。


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