鬱病生活記

 表紙
 目次
 はじめに
 第一章

 第二章

 第三章

 第四章

 第五章

 第六章

第二章 精神病院での入院暮らし

3.精神病院から脱走

<前へ> P.54 <次へ>


【外泊時の過ごし方(平日)】

5月11日(月)は平日。
薬が切れ午前朝8時頃に目が覚めても、どうしたものかと落ち着きなく、家の中をうろうろしてしまう。
テレビのチャンネルを回すと、NHKのBS1でメジャーリーグ中継があり、その後、海外テレビ局のニュースが放送される。テレビを、このチャンネルに固定し、ひたすらそれに耳を傾けてお昼過ぎまで過ごせた。


余談だが、民放のニュース番組(正確に言えば、情報番組とのジャンルなのだろう。)は見られたものでは無い。
ニュースと言うのは、判明している出来事を淡々と発表する物だ。
その出来事に対して、「私はこう思う。」だの、「これにはこんな思惑がある。」だの、個人の感想や見解など殆んど不要だ。
出来事の背景を説明するだけなら良いが、キャスターやコメンテーターのステレオタイプな意見など、馬の糞よりも役に立たない。寧ろ、自分で考えなくなるという弊害が大きい。
私は登校拒否時代、ワードショーと呼ばれる番組を見るようになって、非常に世の中が嫌に思えた事を憶えている。
嫌な事件が報道される事もその一因だが、それに対してある種の先入観を持った解釈を、各番組が、公共の電波を使って皆を先導するように報道している事が堪らなかった。
「主婦がこんな物を見て、頷いているようなら世も末だな。」と思ったものだ。
その後、TBSが関係ない者を犯人扱いして、ワイドショーの権威を下げるような事をして、その類の番組は数を減らしていった。
しかし、このところ、またそんな傾向が復活している。
日本は報道番組の解釈の仕方について、学校では教えてくれない。
親も毒されているから、報道番組を鵜呑みにして世の中を捉えている。
こんな環境で子供が育っているのなら、末恐ろしく感じる。
テレビの内容など、中立に作れるものは無い。
作る物の思惑で、如何様にでも編集して、それらしく形作れる事を気付いていない者が多すぎる。
ちょっと個人名を出してしまい恐縮だが、芸能人と言う立場上仕方がないだろう。
私が入院中に「『草g 剛さん』が酔っ払って裸になって公園にいて捕まった。」と言う出来事があった。私はこれを病院にあるテレビで見て知った。
「そんな良くある出来事について、何なんだろうこの騒ぎは。」と言うのが私の率直な意見だ。
芸能界という特殊な人間が多い所で活動している者の一人なのだから、尚更彼の行動など大した事では無い筈だ。
彼が誰かに迷惑かけたのか。
この病院には、私の大量服薬も含めもっと奇妙な行動をしている人間がごろごろ居る。
酔っ払って裸になるくらい、それなりの人生経験をしているものであれば、騒ぐ程の事でないと直ぐに分かるはずだ。
それを街中のインタビューで答えている私と同世代の人間は、「社会人としてもっと自分の立場をわきまえ、きちんとすべきだ。」なんて答えている。
馬鹿な大臣も、自分の仕事とは関係の無い事なのに「良くない事。」なんてコメントまでしている。
私は堪らず、年配のケースワーカーさんに「何これ。何でこんな事で騒いでいるの?」と問いかけると、ケースワーカーさんも「そうよね。酔っ払ってやったことでしょ。良くあるわよ。」と言う。
こんなに型にはまった世の中が、果たして正常なのかと疑問でならない。
馬鹿らしい。
私はハッキリ言って『草g 剛さん』を「良くやった、偉い。」と褒めたいくらいだ。


さて、脱線した話を元に戻そう。
BS1を見て時間を潰した後は、テレビ東京で、午後1時半頃から3時半頃まで映画が流れるので、私はそれに意識を向ける。

午後5時から6時までは、私の非常に大好きな東京MXTVの『5時に夢中!』を見る。この番組は私の精神衛生上、非常に役に立っている。
これも所謂情報番組の部類なのだろうが、流石に東京MXTVだけの事はある。
どうでも良いスポーツ紙の記事について、型破りなコメンテータが意見を言うものなのだが、そのコメンテーター達の面白く尊敬できる感のある人間像が滲み出ていて、「ああ、こういう人達も日本に居るんだ。」と思えて安心するのだ。

そうしているうちに、『デパス』を飲む時間がやって来て、私は少し楽になる。

明日は、退院の許可が出るだろう診察の日だ。
そして、今日は同居していた彼が私の主治医に会いに行っている。
明日退院したら、その後、どのように彼と事の始末するか話し合う事になるだろう。
冷静に対処できれば良いのだが…。


<前へ> P.54 <次へ>